津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

慇懃無礼

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電車に乗っていると、ほんの1、2分の遅れでも、「電車が遅れまして大変ご迷惑をおかけいたしました」などという、バカ丁寧なお詫びのアナウンスがある。
1時間も遅れたのならともかく、数分程度の遅れで本当に迷惑を被る乗客がどれほどいるのだろうか。
ボクに言わせれば、その程度は全然許容範囲だと思うのだけど。(“全然許容範囲”というのは正しい日本語ではないが)
日本は“建前文化”の国だから、ちょっとでも何かあったら“とりあえず謝っとけ”…というところがある。
ほんとに悪いと思ってなくても、とりあえず謝っとけ…と。
建前だけで謝るから、ほんとは別に謝る(あるいは、改善する)べきところがあっても、そっちは抜けていたりする。

鉄道からいきなり温泉の話になるけれども、大浴場の入口に、しばしば「床が滑りやすくなっていますのでご注意ください」という貼り紙をしていることがある。
ボクに言わせれば、「貼り紙一枚で済ますのではなく、床を滑りにくくすることが先決じゃないの?」と思うのだけど、なんせ建前でしかものを考えてないから、貼り紙一枚で問題を解決させたつもりになってしまっているのだ。
そういう意味では、日本人というのは、実はそれほど心優しい民族ではないのかもしれない。建前だけでことを穏便に済まそうとしているだけで。

新聞の投書欄にあった話なのだけど、運行中の電車で、車イスの乗客の乗降に手間取って発車が少し遅れたことがあった。そのとき車内アナウンスで、「車イスのお客様の介助のため発車が遅れました。皆様にはたいへんご迷惑をおかけいたしました」というような放送があったのだという。
で、この投稿者は、「障害者の乗降で手間取って電車が遅れるのは他の乗客にとって迷惑なことなの?」という疑問を持ったわけだ。
たとえば、「ただいま介助の必要なお客様がいらっしゃいました。皆様のご協力を感謝いたします」というような言い回しでもいいのではないかと。
投稿者の友人の中には、「そもそもその程度のことでいちいちアナウンスする必要もない」と言う人もいたとか。それも一理ある。
「ご迷惑をおかけしました」と言ってしまうと、それは、「車イスで電車に乗り降りして発車を1、2分遅らせることは、社会にとって迷惑なことだ」と決めつけているようなものだ。一見謝っているようでいて、実はとても非情な精神性が見え隠れしてしまう。

日本では、エスカレーターなどの乗り口で無機質な自動音声で繰り返されるのは「お足元にご注意ください」という、バカ丁寧な言い方。
これがアメリカだと、"Watch Your Step"。直訳すれば、「足元を見ろ(気をつけろ)」だ。
まあ、これは、言い回しがどうのこうのというより、「ここが乗り口だよ」という音声サインに過ぎないのかもしれないけど、アメリカ流のシンプルさに比べると、日本のバカ丁寧さが妙に浮いているような気もする。

車イスもそうだけど、ベビーカーで便利に堂々と乗れる公共交通機関も日本には少ないような気がする。
それどころか、「電車に乗るときはベビーカーはたたむのが“常識”じゃないの?」というような論調まで出たりして。
それって逆じゃないのかなあと、ボクは常々思うのだけど。



テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/12/16(火) 13:35:40|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

こんにちは。

そうですよねー。
もし、それをその障害者の方が聞いていたら、
「私のせい?」
なんて思って、気を落としちゃうかもしれませんよね。

だんなさんに前に言われたことで、
「『ごめんなさい』よりも『ありがとう』って言って欲しい」って言葉があります。
「遅れてごめんね、待っててくれてありがとう」
って感じかな。
この一言は私の考えを大きく変えました。
ってことを今思い出しました(笑)
  1. 2008/12/17(水) 12:54:08 |
  2. URL |
  3. tsukasa #2oMqC0Wc
  4. [ 編集]

うんうん。
人って、最初の論調に影響されるから、「ご迷惑をおかけしました」とアナウンスしてしまうと、乗り合わせた乗客は「迷惑をかけたのはこいつか」という目で障害者を見てしまう。
一方、「ご協力を感謝します」と言われたら、「いいってことよ」と、大らかな気持ちで障害者を受け入れられる。
けっこう、言葉一つで気持ちの振れ方が違ってくるんじゃないかと。

「ありがとう」と言うのがベターなのに「ごめんなさい」とか「すみません」とか言ってしまってることは確かに多いよね。
これも国民性なのかな。礼を述べるより詫びるほうが得意、みたいな。
たとえば、発車しかけたバスに慌てて乗り込む時、ついつい「すみません」と言ってしまう。でも本当は、そういう場面では「(待ってくれて)ありがとうございます」なんだろうね。

『礼の文化 詫びの文化』なんて論文が書けそうだね。
  1. 2008/12/18(木) 11:09:40 |
  2. URL |
  3. 津島 #-
  4. [ 編集]

ほんとにそうですね。
朝の通勤特快では途中のA駅でこんな車内アナウンスする車掌さんがいます。
「この電車、A駅を出ますと次のB駅まで約25分間、停まりません。体調の悪い方は次の快速にお乗換えください」
そうすると、蟻の心臓(の筈)の私なんか、寝不足だの過労だのの朝なんて、それまで何ともなかったものが急に過敏になって、ほんとに具合悪くなって心臓どきどきしてきちゃっうことがあります。
もしこのまま乗っててホントに具合悪くなったら周りの人に、
「チェッ、さっきアナウンスしてたろーがよォ」
なんて思われるなぁ…、と思って、そんな周囲の気持ちを思って怖くなり、降りてしまったことが何度かあります。
親切でしていることなのでしょうけれど、アクシデントがあった時、助け合うのでなく、当然のように刃を振りかざす気持ちも助長してしまってるような気がします。
そんなアナウンスのない日は、多少の寝不足も過労も毎度のこと、気力で行けてしまいます。
自己判断はするからもすこし言い方考えてほしいな、といつも思う…のは私だけなのかなぁ・・・。
  1. 2008/12/19(金) 05:40:07 |
  2. URL |
  3. まめゆり #-
  4. [ 編集]

難しいね。
そのアナウンスも、親切心から“善かれと思って”言ってるのだろうけど、一歩間違うとそれが却って仇になる…。
そのアナウンスのあとに電車を降りたら、「こいつ、体調悪いのかよ」って視線が突き刺さるだろうし(^^;
やはり、体調云々まで言うのは過剰サービスかもしれないね。B駅まで25分停まらないと言ったあと後発の快速の停車駅を言ってくれたら、あとは各自自己判断できるわけだし。
結局それも、“建前の善意”から出ているのかもしれないね。
こういうことは日本人全体が考えてもいいことかも。
話はちょっと違うけど、コンチネンタル航空の飛行機に乗ったとき、アメリカ人(だと思う)男性CAが、ガムをくちゃくちゃしながら機内サービスをしてたのよ。
でも、ボクはそれが全然気にならなかった。仕事を手抜きしてるわけじゃないし。
でも、もしこれが日本の航空会社で日本人のCAだったらどうなってただろうと思うと、「いったい、何が違うんだろう」って、不思議な気持ちになったものでしたよ。
  1. 2008/12/19(金) 13:00:18 |
  2. URL |
  3. 津島 #-
  4. [ 編集]

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