
自分の写真生活がデジタルに移行してからは、20年以上撮り続けていたフィルム写真とは、なかば訣別したような状態になっていた。
昔撮ったモノクロネガフィルムやポジフィルムが仕事部屋の片隅に無造作に積んである。
仕事の合間の息抜きに、久しぶりにモノクロフィルムのスリーブを明かりにかざしてみた。
そして、ほとんど“いたずら気分”で、これをちょっと写真にしてみてみようかなと思った。
ボクは写真のデータをあまりていねいに記録しないほうなのだけど、このフルムの袋には'77撮影と書いてあった。31年前の夏の写真だ。
構図とか、自分の写真のスタイルも決まらず、ただただ旅と写真が好きで、むやみに貧乏旅をしてはむやみにシャッターを切っていた時代の写真だ。
この写真は、北海道のどこで撮った写真かは分からない。前後のコマに「万字炭山」という駅名板が写っていたのがあったから、そのあたりの路線のどこかの駅だろう。
かつての北海道には各地に炭鉱があって、それらの炭鉱と港を結ぶために網の目のように鉄道が走っていた。
それらの大半が今は廃線になり、今同じ場所に行ってもこのような景色はないはず。
それでも写真というのは不思議なもので、結婚前だった31年前の北海道一人旅のこの写真を眺めながら、つかのま、少しだけ気持ちを和まされたのだった。
テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真
- 2008/05/16(金) 10:50:48|
- ネガフィルム
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すごい!電信柱が「木」です!時代を感じますね。
深い山と画面左の男性の姿はもっと昔のように見えましたが、拡大したら日傘をさして歩くミニスカートの女性が見えました。確かにそのころの服装ですね。
32年前、私は母の名代で十勝の親類の法事に行き、その後いとこに釧路から野付半島を案内してもらいました。どうしても原田康子の「挽歌」の舞台を見たかったので。深い霧の立ち上る釧路湿原。双眼鏡で霧の向こうに見える放牧の馬や小鳥。静寂な世界に言葉を失ってしばらく立ち尽くしていた(かなり純粋な?)若い娘だった頃にタイムスリップしてしまいました。
写真の成せる技、いえ、津島カメラマンの腕の成せる技でした。
- 2008/05/21(水) 02:53:06 |
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- まめゆり #-
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考えてみたら、ほんの一昔前までは、電柱や電信柱はみな“木”だったんだよね。
その一点だけでも、ほんと、時の流れを感じます。
この記事を書いたあとネットで調べてみたら、やはりこの写真の場所は、国鉄万字線の万字炭山駅でした。岩見沢から出ていた支線です。
ボクはこの頃、終焉を迎えつつあったSL列車を追っかけつつ、周遊券で北海道内の鈍行列車を乗り継ぐ旅を、毎年夏休みに繰り返していました。
津軽海峡は青函連絡船で渡っていた時代です。
野付半島にも行きましたよ。写真残ってるかなあ。あとで探してみます。
- 2008/05/23(金) 01:10:26 |
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- 津島 #-
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ほんとですか! じゃぁ、もしあったらいつかぜひアップして見せてください。楽しみにしてます

。
- 2008/05/23(金) 05:40:16 |
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- まめゆり #-
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ひとまずロールが一本出てきたので、2カットスキャンしてみました。
あとからもう一本見つかったので、続きはまた後刻。
- 2008/05/24(土) 00:15:47 |
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- 津島 #-
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