
たとえば、ガードがかたいと思われていたシングルのA子さんという女性と、そのA子さんに密かに想いを寄せているB男くんという男性がいたとします。
ある日、ガードがかたくてなかなか近寄りがたいと思っていたA子さんに、実は恋人がいたことが分かります。
さあ、そのときのB男くんの反応です。
遠慮がちで控えめなところのある男だったら、A子さんに恋人がいたことにショックを受けつつ、「もう手遅れだ。僕の出る幕はない」と、すごすごと引き下がってしまうかもしれません。
ところが、逆に少し厚かましいところのある男だったら、「なんだ、もう彼氏がいたのか。それだったらオレにもチャンスがあるかもしれないな」などと、一層アグレッシブな気持ちになってしまうかもしれません。
あるいは、「彼氏がいるかどうかなんて、そんなの関係ねえ。オレは今まで通りA子との距離を詰めていく」と、開き直った行動をとるかもしれません。
なぜ今こういう話をしているかというと、「特に好意を持っているわけでもない男性から頻繁にメールが来て、ちょっと気が重い」…と言っている女性がいるのです。
それに対して僕が、「今ちゃんとつきあっている男性がいることにでもして、やんわりと諦めさせるようにすればいいんじゃない?」…と、進言したのです。
それは、上で述べた前者のような性格の男性には有効です。
でも、もし後者のような男性だったら、まったく利き目はありません。
そのことに、進言したあとで僕も気づいたのです。
特に最近世の中ちょっと物騒だけど、世の男は、女性の気持ちを汲んでくれるような思いやりのあるやつばかりではなく、その逆に、女性の側の気持ちを無視してどかどかと土足で入り込んでくるようなやつも少なくありません。あるいは本人自身も、そういう自分の積極的な行動が、情熱表現とか優しさの現れとして女性の気持ちの中にしみ込んでいくはずだと、勝手に思い込んでしまっていることもあると思います。
まあ、それも一般的な意味での“好意”ではあるから、いきなり無下にするのも悪いかなと考えがちなのだけど、そういう男とは、こじれた時がちょっと恐い。ストーカーに豹変する性質を持っていることが多いように思うのです。
あれだけのことをしてあげたのに…とか、きみには裏切られた…とかとか。
僕なんかは断然前者のタイプで、ちょっと気に入ったコがいて「いつかチャンスがあったら…」などと虎視眈々と狙っていたときに彼氏がいるのが分かったら、「あ、なんだ、そうなんだ。じゃあ、オレには出番がないじゃん」…と、あっさり諦めてしまいます。
いやそれでもね、今はまだ少しアグレッシブになったほうで、若い頃なんか、アピールもアプローチもしないうちから「どうせ無理だろう」って、戦わないうちから諦めてばかりでした。
もしかしたら、僕のほうから「メシ食いにいかない?」「酒飲みに行かない?」って誘ってたら、「いいわよ」って言ってくれた女の子も、何人かはいたと思うのです。
そんなチャンスを自分から捨ててきたかと思うと、返す返すも無念で…。
そんな反動もあって、50を過ぎて所帯があって、おまけに孫までいるのに、ちょっと気のあいそうな女の子と知り合うと、「オレと遊びに行くか?」「メシでも食うか?」と、とりあえずあちこちに粉をまいておくわけです。
七つ下がりの雨と四十過ぎの道楽は止まぬ…ってね、この歳になって女性(女房を含む)と親しくすることの心地よさに、ひたっておるところですわ。
もっとも、粉は、まくだけまいて、ほとんど見返りはないのだけど…。
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- 2008/05/30(金) 01:10:43|
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ツービート、B&B、ザ・ぼんち、紳助・竜介などが全盛だった漫才ブームの時代を、ボクらは知っている。
そのブームが過ぎ去って久しくなった時、「なんで日本中があんな他愛ないお笑いに夢中になったのだろう。あれは、お笑いの“バブル”だったのかもしれないな」と、冷ややかに思ったのだ。
そして、今も、ある意味、空前のお笑いブームだ。
かつてのお笑いブームが再来するとは思ってもみなかったので、ちょっとした感慨を持って今のブームを眺めている。
何年かして今のお笑いブームが下火になった時、「なんでオレらはあんなものに夢中になっていたんだろう」と、また冷ややかに振り返るのだろうか。
歴史は、さざ波のように繰り返されるものなのかもしれない。
我が家は、大人6人、乳児1人という家族構成だ。
乳児は今、5ヶ月半。このごろやっと首も座ってきて、起こしていても安定した格好でいられるようになってきた。
家族の中で、この乳児の笑いを一番とれるのが、他ならぬ津島なのである。
津島は、乳児の笑いをとるのに命をかける。
命をかけて、乳児を笑かす。
周りの大人まで、そこまで真剣になって赤ん坊を笑かしている津島が滑稽で、噴き出してしまう。
命がけで顔をつくって声を上げて笑かしていると、音叉が共鳴するように釣られて乳児も声を立てて笑い出すのだ。
してやったり!
赤ん坊が声を上げて笑うと、それが嬉しくて周りの大人たちも笑う。
何年かしてこの乳児が物心つくようになったとき(その頃にはもしかしたら僕はこの世にはいないかもしれないけれど)、「そういえば赤ん坊の頃、ずいぶん声を上げて笑っていたような気がするなあ。誰だかは覚えていないけど、一生懸命あたしを笑わせることに夢中になっていた人がいたような気がするなあ」などと、うっすらと思い出してくれたら本望だ。
記憶に残るか残らないかはともかくとして、笑うことの少なかった赤ちゃん時代よりは、笑ってばかりで赤ちゃん時代を過ごした子供のほうが、なんとなくココロも健やかに育ってくれそうな気がするのだ。
なので、今日も津島は命がけで孫娘を笑かすのだ。
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- 2008/05/27(火) 23:59:32|
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十二湖は雨でした。
最初からぱっとしない天気予報だったけど、現地に着く頃には雨もやむんじゃないかと、期待して出発したのに、結局十二湖にいる間はずぅっと雨でした。
津島が講師として同行する日帰り撮影バスツーの2回目。参加者は18名。
小雨の中での屋外撮影となってしまい、講師のセンセは、「カメラやレンズは水分に弱いので、ぬれないように十分に注意してください」などとアドバイスするのだけど、どうしてどうして、参加者のほうが講師よりもはるかに完璧な雨対策装備をしていて、なんだか、“釈迦に説法”的な塩梅でありました。
きょうびの中高年写真愛好家は、なにしろ金だけは十分にあるみたいで、撮影する機材の立派なこと!
普通に白レンズなんか持ってくるからね。
ボクに言わせれば、特別な撮影意図でもない限り、そんな高価なレンズは特に必要ないと思うのだけど…。
もしかしたら、少しでも高いカメラや高いレンズを持っていればいい写真が撮れる!…って幻想があるのかもね。
先日30万円ほどの高級機を買った友人なんかも、「日中屋外で6秒のスローシャッターを切りたいんだけど、どうしても白く飛んでしまうんだ。どうすればいいんだ?」などと、ボクに電話してくるわけ。
彼の四分の一くらいの値段のカメラしか持ってないセンセは、「それはね、…」と、懇切丁寧にアドバイスするわけです。
確かに高いカメラはそれだけ高機能だけど、それを使いこなせなかったら意味ないじゃん。
まあとにかく、撮影ツアーでは、「写真のプロでございます」などとエラそうにふんぞり返るのではなく、面白そうな撮影スポットを案内してそれで少しでも参加者が喜んでくれたら、それで一応役目は果たしたことになるかなと。
それで、防滴仕様でもない安カメラを首からぶら下げて、雨でびしょびしょに濡らしながら、はぐれる参加者が出ないように一番うしろをついて回って、写真講師というよりは添乗員みたいな塩梅で一日が終わるわけ。
それはそうと、うちのカメラ、このごろ調子が悪くて、シャッターを切ると何回かに一回はエラーになるのだけど、昨日は一日もエラーが出なかったなあ。
代替機購入を検討していたところなので、「えっ、アタシ捨てられるの?!」と、意地になってまだ使えるところをアピールしたのかな。
それとも、適度にシメッていたほうが調子のいいカメラだったりして。
もうすぐ梅雨時。
キミの季節だよ、マイカメラ。
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- 2008/05/26(月) 18:06:18|
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改めて思い返してみると、ボクが結婚したのは1979年のことであった。
今の女房と知り合ったのはその前年の初冬のことであったから、少なくとも1978年の夏までは、恋人もおらず、もちろんフィアンセなどもおらず、毎年夏休みには、大好きな北海道への単身貧乏旅行が恒例行事になっていた。
秋田駅から一週間有効の周遊券を買って(そのころのボクは東京暮らしの学生だったけれど、一旦秋田に帰省してそこから北海道旅行に出ていた)、寝袋とカメラだけを持って、風の吹くまま気まま、その日最後にたどり着いた駅の軒下を借りて野宿するという、今だったらホームレスに間違えられてもおかしくないような旅人であった。
1977年の夏も、そのようにして道東を旅していて、旅も数日目、さすがにホームレス同然の旅人もにわかに風呂に入りたくなってきたのである。それで、今となっては記憶が定かではないのだけど、標津か、あるいはその周辺にあったユースホステルに、一夜の宿を頼むことにした。
その夜は、ベッドで休むことが出来て風呂にも入れて、久しぶりに人心地がついたのである。
ユースホステルに泊まる人間というのは、みな近い波長を持っているのか、初対面でもすぐに親しくなる。
一夜が明けて、所在なさそうにしているやつに、「今日はこれからどうするの?」と聞いてみたら、「野付半島に行ってみようかと思ってる」と、言う。
「あ、そう。そこって面白いの? ボクも行ってみようかな」。
野付半島は、知床半島と根室半島の中間でオホーツク海に突き出た砂嘴(さし)。
立ち枯れしたトドマツが世紀末的な景観を見せる観光スポットであった。
2枚目にご覧いただく写真には、その野付半島で記念写真におさまる5人の若者が写っている。

この5人こそ、その日の朝、ユースホステルで「じゃあ今日は一緒に野付半島を回ろうか」と、急遽結成されたグループであった。前日まではまったく縁もゆかりもなかった者同士。
この中に、若き日の津島も写っている。
ボクが三脚を立てて、みんなで撮った記念写真なのだ。
旅から帰ってから全員にこの写真を送呈したのだけれど、それぞれ礼状はもらったはずだが、今となっては、どこに住むどんな人だったかは、まるで思い出せない。
野付半島観光のあと、バスで標津の駅前まで戻り(当時はここまで国鉄の路線があった)、そこからは知床に行く人、網走に行く人、釧路に行く人、バラバラになるので、駅前食堂で5人で一緒に食事をして、名残を惜しんだのだった。
食堂のおばちゃんが、茹でエビをごそっとサービスしてくれて、5人して「うめえ、うめえ!」とむしゃぶりついた思い出が懐かしい。
30年も前の記憶なのに、こうして写真で見るとつい昨日のことのように思われてしまうのも不思議なことだ。
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- 2008/05/23(金) 23:19:09|
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ひとりだと寂しい? きみももういい加減オトナなんだから、一晩くらいひとりで寝られるでしょう。無理だって? ちぇ、しょうがないなあ、いいよ、じゃあ今夜は、オレが一緒に寝てやるよ。
過日、親類筋の葬儀があった。
大往生だったので、縁者は皆、悲嘆にくれることもなく、「いい死に方であったねえ」というような感慨であった。
我が家からは両親が参列した。
二日続きの葬儀で、両親は二日とも我が家から通うつもりでいた。
ところが、一日目にいきなり、その家から「泊まっていってほしい」と懇願されたようで、急遽、帰らないことになった旨の電話が入った。
それは別に構わないのだけど、そうなると一つだけ面倒くさいことができる。
我が家の座敷犬の世話だ。
我が家で飼っているマルチーズは、散歩から食事から、ほとんど親父がひとりで世話をしている。
夜は必ず親父の寝室で一緒に寝る。
親父がちょっとでも家をあけると、くんくんと女々しい鳴き声を上げて寂しそうにしている。
その親父が夜も帰らないとなると、さあこの座敷犬の寝床をどうするかだ。
最初から戸外の犬小屋で飼っていた犬だったら、知ったこっちゃないのだが、その意味では今となっては甘やかし過ぎたとも言えなくもないのだけど、とにかく、「お前ひとりで勝手に寝ろ」とはいかないのだ。誰かの人間様の寝室に招き入れて一緒に寝てやるしかない。
ボクら夫婦の寝室で寝かせてもよかったけれど、ボクらの二階の寝室への階段は急で、犬のトイレからも遠い。夜中にソワソワしたら面倒くさいことになる。
そんなわけで、
「しょうがない。今夜はオレがコイツと下で寝るから」と女房に言い、まあ一晩だけだし、居間に座布団を並べて、毛布をかぶって犬の横で寝ることにした。
そしたら、親父に代わって一緒に寝てくれる相手が出来て安心したのか、お犬様はその毛布の上に丸まって早々と寝てしまったのである。
「おいおい、その毛布はオレが使うんだよ」と引っぱがすわけにもいかず、しかたなく別の薄っぺらなタオルケットをかけてボクは寝たのだ。まあ、一晩だけのことでもあるし。
マルチーズ、13歳のメス。人間でいったらかなりの熟女か。
なんだかなあと思いつつ、熟女に添い寝して過ごした一夜だった。
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- 2008/05/23(金) 00:53:32|
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「ねぇ、どうして電気つけないのよ」
「まだ外が明るいもの。障子越しの明かりでも困らないじゃないか」
「そうだけど、でもなんだか、心もとないわ」
[人は、明るさに頼りすぎるんだ。その分無駄にエネルギーも使うし。ぎりぎりまで人工の明かりに頼らない生活もスローライフっぽくっていいんじゃないか?」
「暗い部屋にいると、なんだかちょっと、もぞもぞした気分になるわ」
「いいじゃないか、もぞもぞしたらもぞもぞしたで。オレと一緒にもぞもぞするか?」
「あら、こんな時間から無駄なエネルギーを使っちゃうわけ?」
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- 2008/05/18(日) 01:05:50|
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タイムスリップシリーズ第2弾。
昔撮ったフィルムをスキャンして再生するというのが面白くなって、またまたやっちまいました。
今回はこれくらいにしておきますが、今後も時々遊ばせてください。
これも1977年の撮影。
ほんの31年前だけど、なんだかまるで、昭和初期かあるいはそれ以前の写真みたい。
右奥の小屋の入口にある洗濯機(二槽式!)が、かろうじて時代考証の手がかりになるか。
場所は秋田県乳頭温泉郷黒湯温泉。
ここは、ボクが温泉趣味にハマった“温泉原体験”の場所です。
今でも年に1、2回は足を運んでいます。
この写真から見ると、さすがに現在の建物はその後の建て替えだったのだなあと気づかされるのだけど、それでも黒湯温泉は今でもこの写真のイメージに近い、古き良き湯治場風情をよく残しています。
この温泉には、二食付きの旅館部と自炊の湯治部があり、ボクが泊まる時はいつも自炊湯治です。もう、究極のスローライフ。都会で何かに追われるような日々を過ごしている人が一度ここでの自炊湯治を体験したら、しびれちまうかも。
実際、昨今の湯治場は、近郷近在の農家の人たちが骨休めに使うよりも、都会暮らしの人たちがつかのま現実を忘れて夢見心地で過ごすために利用するということが多いのです。
♪ゆかたのキミは ススキのかんざし…
黒湯に泊まる時は、ボクはいつも吉田拓郎の『旅の宿』を口ずさんでしまいます。
あの歌のイメージにぴったりなんです。
ちょいと、“恋の逃避行”など気取って、ワケアリの女性と泊まってみたい衝動に駆られます。
ただし、湯治場の客室の壁は薄くて声が筒抜けなので、アハン♪などという声が出るような行為は慎まなければなりません。
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- 2008/05/17(土) 00:28:59|
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自分の写真生活がデジタルに移行してからは、20年以上撮り続けていたフィルム写真とは、なかば訣別したような状態になっていた。
昔撮ったモノクロネガフィルムやポジフィルムが仕事部屋の片隅に無造作に積んである。
仕事の合間の息抜きに、久しぶりにモノクロフィルムのスリーブを明かりにかざしてみた。
そして、ほとんど“いたずら気分”で、これをちょっと写真にしてみてみようかなと思った。
ボクは写真のデータをあまりていねいに記録しないほうなのだけど、このフルムの袋には'77撮影と書いてあった。31年前の夏の写真だ。
構図とか、自分の写真のスタイルも決まらず、ただただ旅と写真が好きで、むやみに貧乏旅をしてはむやみにシャッターを切っていた時代の写真だ。
この写真は、北海道のどこで撮った写真かは分からない。前後のコマに「万字炭山」という駅名板が写っていたのがあったから、そのあたりの路線のどこかの駅だろう。
かつての北海道には各地に炭鉱があって、それらの炭鉱と港を結ぶために網の目のように鉄道が走っていた。
それらの大半が今は廃線になり、今同じ場所に行ってもこのような景色はないはず。
それでも写真というのは不思議なもので、結婚前だった31年前の北海道一人旅のこの写真を眺めながら、つかのま、少しだけ気持ちを和まされたのだった。
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- 2008/05/16(金) 10:50:48|
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相も変わらず下ネタ系のお話で恐縮だけれども、今夜はマグロについての考察。
いざ勝負!という夜に、ベッドでただドデ〜ンと横たわっているだけの女性のことを、スラングで“マグロ”と言います。
「この前合コンから持ち帰った彼女、マグロでさあ、がっかりよ」などという言い方をします。
なぜ女性はマグロになるのか。
これには大きく分けて二通りのことが考えられるかもしれません。
一つは、その女性が非常にシャイで、何をどうしたらいいのか分からず、ただただ身をかたくしているというパターン。
そしてもう一つは、女性にもそれなりの性経験はあるものの、性についてあまりいいイメージを持っていなかったり、ただ相手に身を委ねるだけの平板な経験しか積んでこなかったパターン。
女性のほうがあまりにアグレッシブだと、かえってオトコは腰が引けてしまうけれども、やはり女性もここぞとばかりに生のエネルギーを存分に発散して、身も心もはじけるひとときであってほしい。
また、性とは本来そういうものなのではないか。
ウブな女性がマグロなのはしょうがないとしても、オトナになった女性がマグロのままなのは、男の責任かもしれない。そういうスタイルに、男が刷り込ませてしまったのだろうから。
ずっと以前にもこのブログで書いたことがあたっと思うけど、銀婚式もとうに過ぎた女性とネットを通して知り合った時、彼女は、「セックスが女にとっても気持ちのいいものだということを、最近まで知らなかった」と、メールに書いてよこしたのだった。驚愕!
彼女によれば、夫とのセックスはずっとあったし、求められれば応じることにはやぶさかではなかった、ただ、セックスは、男が気持ちよくなるために女がつきあうものだと思っていたし、実際、今まで気持ちいいと思ったことは一度もなかった、そのことを疑問にも思わなかった。ただ、最近になって週刊誌なんかを読んでいると、セックスが女にも気持ちのいいものであるらしいということが分かってきて、そうしてみると、今までの自分のセックスはなんだったのか…と。
もしも違うパートナーだったら、少なくともその面では、まったく違う充実感を味わえた日々であったかもしれないわけだから、彼女が「今までの自分の二十数年の女としての人生は何だったのか」と煩悶するのも、当然のことと思えたことだった。
今、ボクには、自由な生き方をしている女性のメル友がいて、彼女とのメールのやり取りを楽しんでいる。
「先日会った男性は、“オスのマグロ”でした」などと書いてよこす。
「ありゃ、それは難儀なことでしたね」と返信する。
そうかあ、マグロにはオスもいたのかあ。なんだかあまりイメージ出来ないけど。
人間、はじけるときにはちゃんとはじけて発散しないと、人生全体のバランスを崩しかねないです。
マグロになるな。マグロにさせるな。
ピチピチと活きのいい若鮎のように。
ひょんなことから津島とそんな場面で対峙することになっても、「あれ?それ、ドジョウ?」などと言ってはいけない。
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- 2008/05/14(水) 00:43:16|
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見通しのよすぎる一本道も困りものだ。
やっと遠くに姿を見せた君が、ボクの目の前に来るまではまだ数十秒もかかるというのに、そのあいだボクはどこを見ていればいいというのだろう。
数十秒もずっと君から視線をそらさないでいられるほど、ボクの神経はタフではない。
とは言っても、ずっと気づかないフリをしているのもしらじらしい。
ああ、カメラを持ってきていてよかった。
カメラは、照れ隠しのフェイクだ。
まだ遠くにいる君をちらと一瞥したあと、ボクはまたファインダーを覗いている。(内心、少しドキドキしながら)
やがて君は、ボクのすぐ横まで来る。
そのことにさっきからずっと気づいていたようにしながら、ちょっとだけカメラから顔を離して、「ごめん、この桜を撮ってしまいたいんだ。悪いけど、ちょっと待ってな」。
ファインダーを覗きながら、もちろん何カットかはシャッターを切るのだけど、その間、少しずつボクは呼吸を整えている。
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- 2008/05/12(月) 00:01:46|
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笑っちゃいけないのかもしれないけど、思わずクスッと笑ってしまいました。
今日のネットニュースの中にあった一コマ。
都内の年配の中学校教師が、受け持ちの中三の女子生徒の卒業にあたり、この子と二人で那須のホテルに“卒業旅行”を敢行したというのです。
アラン・ドロンが主演する一昔前のフランス映画のような話です。
女子生徒だって、いやなら突っぱねることもできたのに、あえて付いていったのだから、教師に対して多少はほのかな思いがあったのかもしれないし、消極的であったにしろ“合意”があったものと思われます。
(念のために言っておきますけど、ここではあくまで仮定でお話しします。仮定の前提が崩れたら話は全然違うものになります)
教師はその後も1年ほどにわたり女子生徒に関係を迫ったことから、さすがに女子生徒も嫌気がさしたか怖くなったかして、警察に訴え出るところとなった(ようです)。ただし、ニュース記事では、強い被害感情をもって訴え出ることを主導したのが女子生徒本人なのか、その親なのか、詳しいところまでは分かりません。
これもあくまでも想像なのだけど、もし本当に一度きりの“卒業旅行としての思い出づくり”であったとしたら、女子生徒としても、甘酸っぱいかほろ苦いかは分からないけど、それなりの青春の一コマになって、心に傷を負うようなことにはならなかったかもしれません。
そうすればよかったんだ、先生も。
ところがね、男に限らず女に限らず、一度甘美なものを経験してしまうと、クセになってしまうというか常習性がついてしまうというか、ついつい、もう一度もう一度…となってしまう。
気持ちの優しい人(この場合は女子生徒)だと、求められてもなかなか拒めないから、それを男は拡大解釈して、「彼女だってまんざらではないはず」…と、思い上がってしまう。
いつの間にか生じていた(あるいは、最初からあったのかもしれない)“温度差”を、読み取れなくなってしまっていたんだね。
“温度差”というのは、このようなケースに限らず、普通の恋愛関係であれ、すでに長く一緒に暮らしている夫婦であれ、普遍的にあるものだと思います。つまるところ、その“温度差”というものを埋める努力や補う努力が出来ることを、“愛”と言うのかもしれません。
ひとたび掌中におさめたものを“既得権”ととらえ、そのあとになすべき努力を怠っていると、ついには法律で裁かれる立場になってしまうか、それでなくても、信望を失ってしまうだけです。
これもあくまでも想像なのだけど、この“事件”の教師も、本来はそれほど“たちの悪い男”ではなかったのかもしれません。
自分の教え子に妖艶な女子生徒を持ってしまい、その子にも慕われる間柄になってしまった…、その展開の末に起こることは、法律では“淫行”として裁かれることではあるかもしれないけど、一つの“恋愛行動”には変わりないと思うのです。
教師は、那須のホテルでは、女子生徒に自分と同じ名字を名乗らせ、親子を装って宿泊したそうです。ということは、ラブホテルではなく、ちゃんとしたリゾートホテルか温泉ホテルだったのでしょう。
立派です。素敵です。相手に対する思いやりを感じます。津島などだったら、安直にラブホテルに行きそうですし…。
恋は、熱く激しく燃えるのもいいけど、スマートに、粛々と進めることが肝要です。
世間が祝福してくれる恋であっても、人目を忍ぶような恋であっても。
教師と教え子の恋…、スマートに実を結んだケースはいくらでもあるような気がしますが、皆さんの周りではどうですか?
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- 2008/05/11(日) 00:47:15|
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一昨日、GW最後の行事として、女房と、緑の湯色が特徴の山上の温泉に行ってきた。
片道2時間の行程だ。
当然カメラは持っていく。当然写真は撮ってくる。遊びながらも、仕事はする。
貧乏性カメラマンのなせる業である。
その2時間の車中、ただカーラジオを聴いているだけというのも芸がないので、ここは一つ、女房としみじみ語り合おうと思ったのだ。
ボクが話の種にしたのは、その日の朝ネットで読んだ話題。
20年間続いた引きこもりを克服した
39歳の女性の話だった。
引きこもりとか不登校というものは、分からない人にはどこまでいっても分からない世界なのだと思う。
この女性も、父親が引きこもりに対してまったく理解を出来ず、力ずくで部屋の外に引きずり出そうとされたりもした。
親にすら自分の苦しみを分かってもらえず、彼女はいっそう心にブレーキがかかってしまうのだ。
今となってみれば、ボクとしては、本人の気持ちも父親の気持ちも、少しは分かる気がするのだ。
実は、我が娘も、短い期間だったけれども不登校を体験している。
いくら聞いてもはっきりとした理由を示さず、病気のようにも思えず、それなのに学校を休み続ける。
業を煮やした父親のボクは、それこそ首に縄をつけてでもとにかく学校に送り出そうとしたこともあった。
しかし、そうすればそうするほど娘はかたくなになる。
何が転機だったかは忘れたが、幸いにボクは考え方を切り替えることが出来た。
「これは力ずくでどうこうしようというものではないのかもしれない。一方的にこちらの“都合”を押し付けるのもよくない。分かってやるのが一番なのではないか」…と。
それですぐにボクは、「何も気にすることはないよ。君は休みたいだけいくら休んでもいいんだからね。なあに、長い人生の間、少しくらい足踏みしたって全然問題ないよ」というような言い方をしたのだった。
そういった親の態度が奏効したのか、うちの娘の不登校は比較的短期間で済んだし、一つ前の記事でもご覧いただいたように、今は心身両面で安定したたくましい娘に育ってくれたので、そういう意味でも感慨深いものがあるのだ。
で、39歳の女性の話に戻るけれども、彼女の引きこもり時代は、家族などの周りの人たちも辛かっただろうけど、やはり本人が一番辛かっただろうと思うのだ。
決して怠け病でも、好き好んで引きこもっているわけでもない。むしろ、自分でもなんでこうなってしまったのか理解出来ずに苦しんでいるのだ。そして、一番分かってほしい肉親にも分かってもらえない疎外感…。日々を生きていくだけでも苦しかったろうと思う。
なので、20年もかかってしまったとはいえ、やっと引きこもりを克服し、目標のある人生を歩み始めたというこの記事を、我がことのように嬉しく読んだのだった。
その気持ちを、女房と共有したかった。
だけど、女房の反応は、微妙にボクが期待してたものとは違っていた。
「でもその人は、何もしなくても20年間食べてこれたんでしょ?それって幸せなことなんじゃないの?引きこもりたくても食べれなくて出来ない人だっているんだから」
幸せ?う〜ん、どうなんだろうか。周りの人間が「彼女は幸せなほうだ」と論評することはできるだろうけど、当事者である彼女が“自分は幸せ”と思うことはできただろうか。あるいは、そう思うべきだったろうか。
なんか違うな。しっくりこないな。
ボクは、女房に大いに反論したかった。
でも、やめておいた。ちょっと気持ちがもやもやしたけど、ここは曖昧なままでもいいだろうと、思った。
そうしてボクたちは、緑の湯色の山上の温泉を楽しみ、帰路のところどころでクルマを止めてボクは写真を撮り、その間女房は、山菜でも出ていないかしらと自由にあたりを徘徊するのだ。
女房が、「あんたと一緒になったばっかりに、うだつの上がらない不幸な人生になってしまったわ」と思っているか、「毎日の生活は苦しいけど、たまにこうやって温泉に連れてきてもらえるから幸せだわ」と思っているか…、ほんとうの胸の内はどっちなんだろうかと思うのだけど、それも、あえて曖昧にしておこうと思う。
人生、白黒はっきりさせるよりも、曖昧なままでいたほうがいいこともある。
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- 2008/05/08(木) 14:17:26|
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昨夕東京に戻っていった姪っ子に続いて、今夕には娘が東京に帰る予定になっていた。
その秋田滞在の最後の夜、娘は夜通し旧友とつるんで過ごすのだと、“朝帰り”を宣言していた。
娘が秋田に帰ってくるのは年に1、2度くらいのものなのだが、こちらでの中高時代からの仲のいい友だちとのつきあいは今でも続いているようで、彼女が帰省している間は、必ず何度か“朝帰り”をする。
夜を徹して語り合う話があるということ、そういうことにつきあってくれる友がいるということ、それはそれで素晴らしいことだと思う。だから、父親のボクとしても、娘の朝帰りには干渉しない。必要があれば、友人たちとの合流場所にも送っていってやったりもする。
そして今朝のことだ。
連休中のこととて、少し朝寝を楽しんだあと、いつものように起き抜けのネットサーフィンをしているところに、女房が、「ねえ、(娘が)○○まで迎えに来てっていってるんだけど、○○ってどこよ。あたし知らないわ。あなた一緒に行けない?」と、言うのだ。
朝食前であったけれども、まあ迎えに行くだけならやぶさかでないと、パソコンもそのままにして、女房を横に乗せてクルマで出発したのだ。
○○で娘をピックアップして家に帰ろうとしたら、「どこに行くの? あたしは△△に行きたいんだけど」と、言い出すのである。このままショッピングモールに行けと言うのだ。
正直、めんどうくせえなあと思ったのだけど、今日には東京に帰ってしまう娘だから、少しくらいはサービスしてやってもいいかと、クルマをUターンさせたのだ。
しばらくは、手をつないでウインドショッピングをする母娘の後ろからぶらぶらとついて回り、そしてユニクロに入って行く。
そこで、少し意外な言葉を娘から聞く。「欲しいものはない?」…と、言うのだ。
欲しいものがあったら買ってあげる、と言うのだ。父親として、初めて娘から聞く言葉であった。
「おお、買ってくれるのか。じゃあ、遠慮しねえぞ」とは言ってみたものの、やはりどうしても、子供にはあまり金を使わせたくない…という親心が働いてしまう。
さりとて、遠慮ばかりするのも却って娘のメンツを傷つけてしまうのかもしれない。
それで、どのくらいだったら娘の負担にならないだろうかと気を回しながら、3足数百円の靴下と、3枚でいくらだったかのTシャツと、女房と色違いのペアになるポロシャツを2枚買うことにした。
色はグレーにするか水色にするか迷ったけれど、「ピンクなんかもいいんじゃない?」と娘が言うので、「よし、じゃあピンクにしよう」と即決。
そのあと、モール内のレストランで、やはり娘のおごりで昼食をとり、ゲーセンで親子三人でプリクラを撮った。
帰宅して午後の数時間は彼女も昼寝をして過ごしたのではないだろうか。
そして夕刻、そぼ降る雨の中、最終のこまちで東京に帰って行く娘を、ボクと女房は秋田駅のホームで手を振って見送った。そんな「こどもの日」であった。
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- 2008/05/05(月) 23:07:34|
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息子夫婦とマゴが、2日の夜に息子嫁の実家のある福島に発った。連休後半を福島で過ごすらしい。
入れ替わりに、東京に住む姪(ボクの妹の娘)が3日の昼、我が家に遊びにきた。
我が家の娘も先月29日から帰省している。東京で一人暮らしをしながらOL稼業をしているが、生家だと気が抜けるのか、昼過ぎまでボケーッと寝て過ごす日々だ。
娘は24、姪は25。
歳が近いこともあって仲はいいらしい。同じ東京に住んでいても会うことはそれほど多くないけれど、メールは頻繁にやり取りしているようだ。
その若い二人が久しぶりに秋田の我が家で再会したわけで、じゃあどこかに連れて行ってやろうかと、昨日早速クルマを出したのだった。
とりとめのないおしゃべりをしている二人を後ろに乗せ、ソフトクリームが名物の高原の牧場に向かった。
歳のわりにはまだ幼さの残る二人だけれど、それにしたって24と25だ。
24といえば、その歳でボクと女房は出逢って、その歳で女房は息子を産んでいる。
後ろの席で屈託なく語り合っている二人の気配を感じながら、「オレらはこんな年頃のときに結婚して、子供をつくっていたのか」…と、なんだかちょっと信じられないような気分だったのだ。
50を過ぎた今のボクの目から見ると、24、5の小娘たちは、いかにも子供っぽい。
ボクらの24、5の頃も、大人の目から見たらこんなふうに頼りないくらいに子供っぽかったのだろうか。
まだまだ子供じみているのに男女のつきあいをしてみたり子供までつくってしまうのだから、考えてみればそれもずいぶん危なっかしい。
世の中年スケベ親父たちは、若いコにことさら関心を寄せる向きも少なくないと思うが、ボクの場合、自分の娘がちょうどそういう年頃だからというのではなく、なんだか、その年頃はまだ熟れていない果実のようで、“対象外”という気分になってしまう。
24、5の小娘二人よりは、足して49くらいのおばちゃん一人のほうが、しっくりくる。
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- 2008/05/04(日) 06:35:21|
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あづい。
今朝の起き抜けの空気感からして、「うむ、今日は半袖ポロシャツでいいな」と思った。
ちょっと暑がりな津島は、人より早めに半袖になり、限りなく遅くまで半袖でいる。
長袖の季節になっても、手首の辺りの圧迫感がいやで、よほど冷え込む日でもない限りは腕まくりで過ごす。
陽気がいいので、歩けば10分ほどのところの銀行に半袖ポロシャツで歩いていってきた。
ところが、銀行に着いてから、ここのキャッシュカードを持ってきていないことに気づいた。
メインに使っている銀行ではないので、カードは財布に入れていなかったのだ。
このごろはなんでもカードカードで、全部持ち歩いていたら財布がパンパンになってしまう。それで、常用しないカードは別に寄せておいている。
そんなわけで、季節外れの炎天下を、銀行まで2往復、都合40分ほど歩いた。
あづい。ぐっしょりである。
そんな陽気の5月だが、どうしたわけだか(5月の陽気が人の背中を押すのか)、つらつらと自分の人生を振り返ってみると、5月に“新しいコト”が起こることが多かったように思う。
学生時代、“ただのクラスメート”だった女の子と、“ただのクラスメート”ではなくなったのも5月だった。
ある年、オフ会で出会って“ただのネット仲間”と思っていた女性と、“ただのネット仲間”ではなくなったのも5月だった。
ある年、“ただのメル友”だった女性と、“ただのメル友”ではなくなったのも5月だった。
ある年、ただのメル友だった女性が、初めてふらりと秋田に遊びにきたのも5月だった。
5月には、いつも何かが起こるのだ。
そして、季節が移ろうように、5月に咲いた花はやがて散り、葉が枯れることもある。
それでも、まんざらでもなかった思い出のいくつかは、この季節に甘酸っぱくほろ苦く思い出される。
人は、思い出したくない思い出を心に刻み付けてしまうこともあるけれども、しばらく忘れていたことでも、どこからかふと花の香りが漂ってくるように、「ああ、また“その5月”になったか」と、懐かしく、胸がきゅんとなる思い出も、あるのである。
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- 2008/05/02(金) 16:03:14|
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