津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

受難は続くよどこまでも

_3224200.jpg


今度は外付けHDDがヤバくなってきた。
認識されないのだ。
まずい。

PC内蔵HDDがクラッシュしてパニックになり、すったもんだの挙げ句、HDDの交換でダメージも最小限にとどめることが出来、胸をなで下ろしていた矢先のアクシデントで、どうしてこうも立て続けにアクシデントが続くのか…、これは、何かの祟り?
ボクの肩に何か乗ってるのが見える?

我が社の外付けHDDは、一つのケースに2台のHDDがおさまっているRAIDというタイプのもので、万が一どちらかのHDDが壊れてももう一つのHDDでデータを温存でき、壊れたほうを新品と交換すればまた何ごともなかったように使い続けられるという、ある意味ではスグレモノ。
一般的なHDDよりはやや高価なものの、これくらいの保険をかけておかないと、写真で商売しているものとしては安心して仕事ができない。
言い換えれば、自動的にデータのバックアップをとれていたわけで、かなり安心して(あるいは油断して)、写真業務に打ち込んでた。
ところがある日突然、その単体のHDDのどちらかがというのではなく、ケースごと認識されなくなってしまったのだ!
認識されないのでは、慌てて今からバックアップをとるというわけにもいかない。
今になってネット上でこの製品の口コミ情報を見てみたら、なんだか元々評判の芳しくない製品だったみたい。
同じような症状を、多くのユーザーが体験していた。
RAIDだから安心!…ってものではないらしいのだ。
むしろ、非常に危うい感じ?
たぁー、それがもっと早く分かってたら、機械任せにしないで手動でバックアップをとるようにしていたのに。

さてどうしたものか。
とりあえず、素人がいじってもどうにもなるようなものでもないようだ。
あとはメーカー修理に頼るしかないか。保証期間は過ぎている。有料修理だ。たぁー…
まあ、少しくらい修理代がかかっても、データを取り出せたらそれだけでも御の字なのだけど。

そんなわけで、在庫写真の中からみつくろってブログにアップするというパターンは、少しのあいだお休みです。ご覧戴けるのは今月下旬以降に撮った、そういう意味ではリアルタイムもの。
あーあ、ため息の日々が続きます…


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/30(日) 16:50:30|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

恋はいつでも及び腰

_3224193.jpg


結局ボクは、本質的に“臆病”なのだ。
自分のほうから女の人に、「つきあおう」とか「つきあってほしい」と申し出たことは一度もない。
いや、正確に言えば、中二の初恋の時には、もう、恋いこがれて恋いこがれて、何かものすごい強迫観念にとらわれて、決死の覚悟で「つきあってほしい」と申し出たのであったけれど、もしかしたら、その初恋が尻すぼみに終わってしまったトラウマで、それからは女性に対して積極的になれなかったのかな。
さすがにこのトシになるとね、人間も厚かましくなるから、飯を食いにいこうかとか、どこかに遊びに行こうかとか、そういうことも平気で言えてしまうけど、やはり、ボクのほうから、つきあおうとか、つきあってほしいとかいうようなことは、よう言わない。
結婚を決めた時ですら、「君はどうしたいの?」と、まず女房の気持ちを聞こうとしたくらいだから。あれは、彼女の気持ちを尊重したいという思いからだったのだけど、今にして思えば、やはり、あまり潔いことではなかった。せめて、「君の気持ちはともかくとしても、ボクはきみと一緒にやっていきたい」とでも、先に言うべきであった。
こんな煮え切らない男だから、オトコにがんがんリードしてもらいたいタイプの女性とは合わない。「んもう、しょうがないわね、しゅうちゃんったら。あたしがついてないと、てんでダメなんだから…」というような、トラエカタのできる女性がいい。
そういう女性となら、きっとうまくいく。

レンアイの話ばかりでなく、仕事との向き合い方もそんな感じで来た。
自分からがんがん切り拓いていくというより、仕事のほうから舞い込んでくるのを、じっと口を開けて待っている…みたいな感じ。
実際、今までやってきた仕事は、大抵そんな感じなのだ。
「津島さん、こんな仕事あるんだけど、やんない?」…って。
自分もかなりゆるかったけど(今頃気づくか)、そこそこ仕事も入ってきたので、自分からアクションを起こすという発想を持たないできてしまったところがある。

ただ、やっぱそれでは厳しい時代になってきて、何かしら自分のほうからも仕掛けなければなと思っていたところだ。
まあ、さしあたって、ある程度長く写真をやってきたし、世の中静かな写真ブームでもあるし、初心者向けの写真講座とか、撮影ツアーの催行とか、そんなものだったら今からでもやれるんじゃないかなと思っていたのだ。
それを、ある若きビジネスマンにぽつりと話したら、すぐに、「津島さんの話を聞きたいという写真屋さんがあったので、直接話を進めてください」と、連絡があったのだ。
ありがたい話。(ああ、こうやって人の好意に支えられているのだなあと、思う)
そんなこんなのトントン拍子で、来月さっそく、日帰り撮影バスツアーを敢行することが決まったのだ。ボク自身、これはテストケースととらえ、儲けはあまり期待していないので、仕事的にオイシイものにはならないかもしれないけど、新境地には変わりないので、ちょっと今からワクワクしている。
ボクの写真観は、「とにかく楽しもう!」ということなので、来月のツアーでは、一人でも多くの参加者が「写真って楽しいなあ!」と気づいてもらえたら本望だ。

やっぱ、あれだね。自分からもアクションを起こしてみるもんだね。
恋も、“及び腰”を返上しようかしらん。(…って、そっちは閉店直前。手遅れ)


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/27(木) 16:10:56|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

恋人より女友だち

_5044917.jpg


ボクは、秋田ではインターネットに手を染めたのは早いほうだったと思う。
なにしろ当時は、ベッコアメだのリムネットだのという、今は懐かしい名前のプロバイダーがやっと出始めた頃で、いずれにしろ、秋田にはまだアクセスポイントがなかったのだ!!
秋田から一番近いアクセスポイントは仙台。
ネットにアクセスするたびに、ダイヤルアップで秋田から仙台までの市外通話料金がかかっていたわけ。
電話料金に戦々恐々としながらのネット生活だった。
そんなわけで、誰もがホームページを持つような時代になる前からホームページを開設していた。BBSの開設も早かった。
今はもうBBSなんてものの時代ではないと思うのだけど、当時は秋田では数少ないBBSで、県内でネット生活を始めたばかりの人が三々五々、ボクのBBSに集まってきてくれた。
月に一回はチャット大会なんてのも開いたし、いわゆるオフ会で、バーチャルなつきあいからリアルなつきあいの友人も増えていった。
ていうか、ボクが言うところの“女友だち”というのは、ほとんどがネット生活を始めてから出逢ったヒトばかりだ。
オフ会を開くと、“友人の友人”なんて人も参加してきて、どんどんと人付き合いが広がっていくのだ。
そんな流れで、新しく一人の女性が参加してきて、「うむ、女性の友人が増えるのは好ましいことだ」と、ボクはニマニマしたのだった。
そんなこんなで彼女と親しく話し始めるようになると、「あたし、あなたと同じ町内ですよ」…と、言うのだ。
な、何ぃ?!

町内会の人付き合いはほとんどないので、自分の町内にどんな人が住んでいるのか、あまり分かってなかったのだけど、聞けば、まぎれもなく同じ町内で、しかも、お互いの子供が同級生だったこともあるようなのだ。だから、うちの女房とは以前から面識があったようだ。
あぶない、あぶない…。い、いや、何もあぶないことはないのだけど。

ネットで知り合った人とは意外なくらい親しいつきあいに進展することがあるというのは、多くの人が経験していると思うけれども、同じ伝で、彼女とも、“同じ町内の住人”としてよりも、“ネットで知り合った女友だち”という感覚が勝っている。
メールで雑談することもあれば、イヌを散歩している彼女と、クルマですれ違う時など、さくっと手を上げて合図し合ったりするのである。

過日、ボクのクルマを車検に出していて、女房の軽自動車で出歩くつもりでいた時、しばらく乗っていなかったクルマだったものだから、バッテリーが上がってしまっていてエンジンがかからないのだ!
さて困った。
急ぎの用事なのに。
ふと思いついたのが彼女のことだ。
2ブロック先の彼女の家にかけていき、「今、クルマあるかい? ちょっと貸してくれないか。うちのクルマ、エンジンかからないんだよ。すぐに返すから」と申し出たら、「うん、いいよ」と二つ返事。
クルマを借り出して我が家の前まで持ってきて、ケーブルつないでうちの軽のエンジンを始動させて、そしてすぐにクルマを返しにいった。
「サンキュ。ありがとな。お礼はあとで♪」「かかったの? よかったね」

持つべきは女友だち、なんである。
ボク的には、もうちょっと親しくつきあってもいいのだけど、狭い町内のこと、「あの二人、ちょっと、あやすい」…などと、ありがたくない噂を立てられても困るので、ま、つかずはなれずってことで。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/25(火) 13:19:11|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

波頭越えて

_4214636.jpg


軍資金がないので、実現はまず無理な話なのだが、できれば今年もう一度ブラジルに行きたいと思っていた。
去年のブラジル行きはスケジュールが慌ただしくて旅行気分が味わえなかったのでもう一度ゆっくりブラジルを旅したかったのと、今年がブラジル日本移民百周年の記念すべき年なのでそれにかこつけて何か取材の仕事を入れられないかと、考えていたのだ。
取材といっても、秋田在住のライターとしては、何かしら秋田にちなんだ話でないと、わざわざブラジルまで取材に行くような必然性が生まれない。
ところが、実はブラジル移民に秋田の人間が大きく関わっていたことが分かったのだ。
秋田出身の作家石川達三がブラジル移民の生態を描いた作品『蒼氓』で第一回の芥川賞を受賞しているのはよく知られているけれども、それよりも前、今からちょうど百年前に第一回目の移民が笠戸丸でブラジルに向かったとき、現地での通訳をするために5人の日本人の通訳団が一足先にブラジルに向かっていた。その中に秋田出身の青年がいたのだ。

そうだ、この青年にスポットライトをあてれば、ブラジルに取材に行く口実になる!…と快哉を叫んだのだけど、取材どころか、実は津島自身、ブラジルに移住でもしなきゃならないほど食い詰めているわけで…。

そんなわけで、実現はまず無理だけど、取材案の一つとして、通訳団の足跡をそっくりたどってみるのも面白いのではないかと思った。
5人は、百年前の3月25日に東京を出発し、敦賀に向かう。そこから船でウラジオストクにはいり、シベリア鉄道経由でイギリスまで行く。そしてサザンプトンからまた海路でブラジル・サントスに向かうのだ。大旅行だな。
現在は、ウラジオ行きの船は富山港から出ているので、それに乗ることにしよう。サザンプトンからサントスには船が出ているんだろうか。なかったら、ヒースロー空港からサンパウロに空路で入ろう。

ま、せめて、そんな机上の旅行計画で、旅の気分を楽しむことにしましょうか。

秋田出身の通訳仁平某は、ブラジル出発前に日本で結婚していて、一回目の移民船にはその新妻も乗っていた。そうして二人の新婚生活はブラジルで始まるのだけど、夫婦の縁はあまりよくなかったようで、わずか一年ほどで離婚をしている。どちらに原因があったのかは分からないけど、仁平にとっても、ブラジルは夢の新天地ではなかったようだ。

その仁平のケースはともかくとしても、ブラジル移民は、日本にいても食っていけないような最貧民ばかりだった。原則として家族単位での移民なのだけど、その家族の一員になった女からすれば、「こんな男と結婚したばかりに、見たことも聞いたこともない異国に行かなければならなくなった」…と、大いに悲嘆したものではなかったろうか。
もっとも、当初のブラジル移民の勧誘の話では、2、3年頑張って働ければかなりの金も貯まり、故郷に錦を飾られる…という触れ込みだったので、けっこうお気楽な気分で船上の人になったのかもしれない。
結果的には、二度と日本の地を踏めない人がほとんどだったのだけど。

津島なんかもね、ときどきしみじみと思うんですわ。
うちの女房も、あまり愚痴もこぼさず、のほほんとお気楽に生きているけど、もし、ボクではない別の男と結婚していたら、きっと彼女の人生も違うものになっていたのだろうなあ…と。
結婚が、男にとっても女にとっても、右肩上がりの運命の出発点になればいいのだけど(たいていはそれを期待して結婚するのだけど)、しばしば、“結婚したがために”大きく運命が変わってしまった…ってことにもなってしまうんだよね。
夫婦で命を奪い合ったりまでするくらいだから。そんな結婚生活だったら、むしろ最初から結婚しなかったほうが、ずっと幸せな人生だったかもしれないのに。

ボクは甲斐性がないから、経済的にはあまり女房を幸せにしてやれないけど、せめて、彼女に殺されないように、ご機嫌を取りながら日々を過ごしていきたいものだなと。

彼女の読書の傾向が、完全犯罪ものの推理小説が多いというのも、少し気がかりなので…。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/24(月) 00:46:18|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

ヌード写真、撮ります。

_2135774.jpg


「そうか、わかったぞ! これは、“出版不況”なんだっ!!」…と、最近、やっと気づいたのだ。
何のことかというと、最近どうも自分の仕事が目減りしていて、一体何がどうなっているんだと考えていたら、それまでは他人事と思っていた“出版不況”が、実は自分にも少なからぬ影響を与えているという現実に思い当たったのだ。

秋田にも先日「ジュンク堂」がオープンして、「日本ではまだこんなにも大量に本が出版されていたのか!?」と目を見張ったのだけど、同時に、歴史のある老舗雑誌がよもやの休刊になったり、名のある出版社が潰れたりして、出版界を取り巻く環境は、実際、非常に厳しい。

実は津島にも以前は、在京の出版社からしばしば仕事のオファーが舞い込んでいたのだ。
一冊の雑誌から一度に2本の記事の取材を依頼されたりする。すると月に一週間程度はその仕事に費やされる。定期刊行物だから、ほぼ毎号そのパターンの繰り返しだ。
非常にコンスタントに仕事をこなしていたのだ。
こちらからは何もしなくても仕事が舞い込んできていたので、それを当たり前に思っていた。
ところが、その“お得意様”も、次第にたちいかなくなった。
いつものようにボクの取材記事が載った本が送られてきて、巻末を見たら、「本号で休刊となります」と書いてあった。がーん…。
なんの前触れもなかったので、かなりショック。

元来ボクは楽天家なので、「ま、なんとかなるだろう」とのんきに構えていたのだけど、なんとかはならないのである。
だって、特定の取引先とべったりの関係でいたのだから、取引先が傾いちまったら、下手すれば“連鎖倒産”ってことにだってなりかねないのだ。

やばいやばい。何か手を打たなければ。
写真集を出せとか、今までの連載記事をまとめた本を出せとか言ってくれる人もいるけど、「いや、そっちでそういう企画でいくのなら、こちらも乗っかるけど、自分からリスクを背負ってまでそういう冒険はできないなあ」。

友人L子は、「一枚一万円くらいで、女性のセミヌード写真を記念に撮るような仕事でもやってみたら?」などと、本気なのか冗談なのか分からないアドバイスをしてくれる。
「けっこう需要はあるかもよ」とL子は言うのだけど、もしほんとに需要があるのなら、ボク自身は女性のハダカにはちっとも興味はないのだけど興味はないのだけど興味はないのだけど興味はないのだけど…(おっと、針が飛んじまった)、まったくやぶさかではない。喜んでお引き受けする。

実は、昔、一度だけそういう仕事を引き受けたことがあるのだ。
ある日女性から電話がかかってきて、「私の写真を撮ってもらいたいのだけど、相談にのってもらえないか」と、言うのだ。
それで、とりあえず一度逢って話を聞いてみることにした。
少し古い話なので細かいことは忘れてしまったけど、確か、「これから不妊治療に入って、妊娠出産をしていく。その妊娠前のカラダを撮っておきたい」…というようなことだった。
「わかりました。ではお引き受けしましょう」ということになり、後日、クルマで二人で海辺に行って、砂浜で、上半身ハダカ、つまりセミヌードの写真を撮ったのだった。
それをプリントして届けた先は、直後に彼女が入院した病院の病室だった。人の生死に関わるハナシではないけれど、まさにギリギリのタイミングだったのだ。
あのときは、1万5千円ほど戴いたのだったかな。

オセロの中島知子たちがやったような、チャリティヌードなんてプロジェクトもいいかもね。映画の「カレンダー・ガールズ」にも通じる発想だけど。
複数の女性に志願してもらってヌード写真を撮って、それで有料の写真展を開く。収益のうちの一定額はモデルやカメラマンが戴くけれども、大半は寄付に回す…と。

津島自身は、女性のハダカにはちっとも興味はないのだけど興味はないのだけど興味はないのだけど興味はないのだけど…(おっと、針が飛んじまいました)、まったくやぶさかではありません。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/22(土) 13:37:44|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

遺伝子の雄叫び

_4184587.jpg


人には誰しも、異性の好き嫌いがあるでしょ?
周りの誰もが「いい! いい!」と絶賛するような異性でも、自分にはどうしても好きになれなかったり、その逆に、「あんなやつのどこがいいんだ? 趣味が悪い!」と軽蔑されても、自分にはどうしても気になってしまう存在であったり…。
「好みのタイプは? 芸能人にたとえたら?」なんて会話をすることがあるでしょ?
人間、自然と自分の中に、“好みのタイプ”ってのが出来てくるんだよね。

でね、“究極の好み”ってのは、自分で意識するしないにかかわらず、「この人とならえっちしてもいい」とか「ぜひこの人とえっちしたい!」という思いと、ほぼイコールなのではないかと。
“いい人だってことはわかる”とか、“友だちとしてならうまくやっていけそう”とは思っても、「でも、えっちまではする気にはなれないわ」ってこともあるわけでね。

生きとし生けるもの、種の保存の原理の支配下にあるのであって、自分ではただ感覚的に頭で異性の好き嫌いをフルイにかけているつもりでも、実は、おのれの中の“遺伝子”が、「こいつだ! この人しかないっ!」って、叫んでるんではないかと。
遺伝子が、結びつくべき相手を探し求めている、という意味で。

エロ親父のたわごとと思ってくれていいけど、たとえば、ボクがテレビを観ていて、女優や女性タレントが出てくると、「うーん、この人とならえっちしたいなあ」と思うこともあれば、「この人とのえっち? うーん、ありえないな」って思うこともある。
世間では可愛いとか美人だとか評価の高い女性でも、自分的には、その人とのえっちは「まずありえない」…と、思ってしまう。いや、現実にもあり得るわけはないのだけど。

何を基準にしてそういう線引きになるのかということが、自分でもよくわからないのだ。
してみると、これはやはり、てめえが頭で考えた理屈の問題ではなく、何か、自分の中の遺伝子レベルで、“自分は誰に惹かれるか”…という誘導がなされているのではないかと。

ただし、これでは、男が男に激しく恋したり、女が女に激しく恋したりするケースの説明がつかないけれども、いや、逆に、“なぜそんなにも自分はその人を好きになってしまったのだろう”…という恋でも、それはきっと、「遺伝子にスイッチが入ってしまったのだろう」としか、言えないのではないかと、思ってしまうのだ。

頭で考えると疲れるだけの恋なら、一度、自分の遺伝子の叫びに、耳を傾けてみてはどうだろう。



テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/19(水) 16:24:21|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

春うらら

_3274412.jpg


いきなり質問ですけど、あなたは、大好物は最初に食べてしまうほうですか?
最後に残しておくほうですか?
津島は、最後に残しておくほうです。

いやだけどどうしてもやらなければならないことがあったら、最初にやってしまうほうですか?
ぎりぎり後回しにするほうですか?
津島は、できるだけ後回しにするほうです。

毎年この時期にいやなのは、確定申告です。
もう、めんどくさくてめんどくさくて。
もっとも、この1、2年、国税庁のホームページ上で、基本的な数字を打ち込むだけでさくさくと申告書を作成してくれるサービスが始まったので、その点ではすごく気が楽。
今年は今日17日が申告期限日だったのだけど、なんせ、めんどくさいのは後回し、の津島なので、ぎりぎりまで作業に着手せず、ほんとに最終日にやっと間に合わせて提出してきました。

「同じめんどうくさいんだったら、先に済ませてしまったほうが気が楽じゃない?」って人もいて、それもそうだとは思うんだけど、どうもね、自分にしみついてしまった性分ってのは、そう簡単に変えられなくてね。

それでは本日最後の質問です。
あなたは、とても時間のかかることをやるとき、早起きしてやりたいほうですか?
夜更かししてやりたいほうですか?
津島は夜更かし派です。

ちなみに、うちの奥さんも、夜更かし朝寝派。
これじゃあ、津島家、一家揃ってうだつが上がるわけがありません。
こんど生まれ変わったら、早起きが得意な人を奥さんにもらいたいです。(他力本願)


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/17(月) 17:05:49|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

しかし恋は...

_5245560.jpg


津島的には、「恋ってほんとうはこうあるべき」なんて、理想論も並べ立てるけれども、問題はそこまで達観できるかどうかであって、達観もできずにモヤモヤモヤモヤと、後ろ向きな情念に苛まれてしまうのも、また恋の現実ではある。
たとえば、(こちらではまだ未練を引きずったままの)別れた女が、他の男に抱かれるという想像を、苦痛を伴わずに受け入れられるか。
ぶっちゃけ言わせてもらえば、若い頃のボクは、そういう想像には堪えられなかった。
縁がなくて別れてしまったボクと彼女だったけど、そこまでの現実はやむなく受け入れられるとしても、彼女が他の男とセックスするなんてことは、想像しただけでも気が狂いそうになった。
そのあたりから、淡い恋情は、醜い憎悪に変質していくのだ。
たとえば、「ほかの男のものになるくらいだったら、いっそ俺の手で…」と、いうような。

もっともっとケツの穴の小さい男のケースもある。
たとえば、こういう時代だから、今これから結婚しようとしている彼女がバージンでないなんてことは、ちっとも珍しくはない。
ところが、ケツの穴の小さい男だと、「俺と出会う前にこの女は、どんな男とつき合っていたんだ」なんてことが、気になってしょうがないのだ。
「大丈夫なのか? 前の男を引きずったりしてはいないのか?」と、不安になってしょうがないのだ。
“理想論”から言えば、「この女にもいろいろあったのだろうけど、今は俺と一緒に生きることを選んでいる。その想いを尊重してやることだ」と、広く深い心で受け止めてやれればいいのだけど、ついつい、ついつい、“この女の昔の男”という存在を、気にしてしまう。

そんなふうに考えると、たとえば今ボクとつきあいのある独身のご婦人が、将来他の誰かと結ばれる日があることも想定して、下手な“恋の痕跡”は残さないようにしておいたほうがいいかな…などと、やけに気を回したつき合い方になってしまうのだ。

いいんだ。ボクと一緒でも、他の誰かと一緒でも。
君さえ幸せでいてくれたら。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/13(木) 00:33:05|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

晩節の恋

P6141226.jpg


もしボクが今のこの歳のまま、運命のいたずらのようなものがあって、二十代の若い独身の女性と恋におちるようなことでもあったら、きっとボクは、かなり気を使いながら、“行けるところまで行ってみようかな”…というココロモチになるではないかと思う。
たとえ年齢が離れていても、たとえ男に家庭があっても、たとえ教師と教え子というような禁断の関係であっても、それが二人の“当事者”にシアワセなものであったとしたら、それもまた“純愛”の一形態なのだから、世間は無粋な干渉はしないほうがいい。
ただ、恋は、性欲を満たすためのものという一面性もあるにせよ、“幸福感を希求する”ということこそが一番の眼目であるのだから、幸福感を得られなくなったり、あるいは、その関係から幸福感を得ることの値打ちを見失ってしまったら、二人はそこが恋の終着駅と見きわめて、さっぱりと手を振って別れればいいのだ。

ところが、人は、邪心と煩悩のかたまりだから、そんなスマートな恋の“お開き”が、なかなかできないのだな。
恋を、パートナーを幸せにしてあげるためのシステムとしてではなく、自分が幸せであり続けるための“既得権”と、思い込んでしまう。
だから、パートナーが「もうこの恋は終わりにしたい」と言ったときに、脅迫まがいのメールを送りつけてまで自分との関係継続を強要したりする。(そんなことしたって、相手が幸せな気分で関係を続けてくれることなどないってことは、ちょっと考えれば分かりそうなものなのに)

この恋で、オレはこの人を幸せにしてあげられてるか。終わろうとしているこの恋で、オレはどこまでもこの人の幸せを願っているか…。
せめて、せめてそれくらいのことを考えられる優しい心根があったら、あと数年で得られたはずの退職金を棒に振るような、おろかな晩節の日々にはならなかったはずなのに。
世の中には、手に負えないような悪党も少なくないけれど、そうではなくて、平々凡々、善良で、“運命の歯車さえ狂わなかったら”、波風の立たない慎ましい人生を終えられたはずの人間が、最後の最後に大きな番狂わせをする。
慎重に慎重に並べてきて、あともう少しで完成するはずだったドミノ牌の列を、わずかな“心の油断”で全部倒してしまうように。
それだって、途中で気づかぬ間に変質していったとはいえ、元はと言えば“恋”というものだったのだ。

女が離れていく寂しさを我慢して我慢して、堪えて手を振って笑顔で別れてあげてたら、それがいつかはお互いにとって、かけがえのないほっこりとした人生の想い出に、できたはずなのに。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/12(水) 01:29:04|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

ボクに恋したら

_9282257.jpg


あなたがボクに恋をして、ボクのことをもっともっと知りたいと思ったら、
津島修三 - 全自動百科事典『オートペディア(Auto☆pedia)』
↑ここにボクのことが詳しく記されているので、参考にしてください。
そして、一通り読み終わったら、今度は同じページ上部のテキストボックスにあなた自身の名前を入力して検索して、世の中であなたのことがどのように語り継がれているか、知ってください。

恋を始めるのは、それからです。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/10(月) 16:37:41|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

いつか雪は解けて

_4066815.jpg


寒い季節に北国へ旅しようとすると、「何もこんな寒いときに行かなくても…」と言う人がいる。
それはそうかもしれないけど、なんだか、ココロの方位磁針がそっちの方角を示してしまうことがあるのだ。
たとえばひどく哀しいことがあったとき、明るい音楽を流して哀しさを紛らそうとするよりも、あえて哀しい切ない曲を聴いて今の自分の哀しみにどっぷりと浸っていたいこともある。
そんなふうに、寒い季節にこそ、北の街に旅をしたくなる。

時の流れは、問題を解決してくれるわけではない。
ただ、少しだけ、痛みを和らげてくれる。
春になりきれない季節の、冷たい風も捨てたもんじゃない。


- 函館の市電 -


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/09(日) 23:19:12|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

Tsushimaほのぼの劇場

DSCF0756.jpg


せっかく人間が持ってきたエサをカモにとられて悔しくないかですって?
いえいえ、そんなことはないんですよ。
むしろ、彼らには、いっぱいエサを食べてどんどん肥えてほしいと思ってます。
実は、このトシになって、フォアグラの味を覚えちまいましてね。ふふふ


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/09(日) 17:06:46|
  2. ほのぼの劇場
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

しのび逢い

_8056629.jpg


土曜の夜、夕食を終えてパソコンの前に戻ってくると、ひさしぶりにN子からメールが入っていた。
中身は他愛のない内容なのだが、それに対して僕は、「ああ、それはねえ…」などと、淡々と返事を書いてやるのだ。
考えてみれば、人妻であるN子と、もちろん家庭のある僕とが、こんなふうにして淡々としたつきあいを続けていられるのも、まさにインターネット時代ならではのことだ。
(そんな意味でも、インターネットの誕生は、男女の関係にも劇的な変化をもたらしたと言えるだろう)
もしもこれがネットのない時代で、どこかで出逢って何かお互いに離れがたいものを感じてしまったときには、僕たちはどうしていただろう。
手紙も出せない、電話もかけられない。というか、わざわざ手紙を出すほどでもないし、特に電話で声を聞きたいということでなくても、なんとはなしにつながっていたいという淡い想いだってあっていいはずなのに、以前だったらそんなことははなっから諦めなければならなかった。
あるいは、人目を忍ぶ想いのあまりに、どんどんどんどん、陰のほうに向かっていってしまうのだ。

一歩間違えば、これは非常に危険な“しのび逢い”なのだが、コントロールさえ誤らなければ、むしろこれは、“人生の保険”のようなものでもある。
僕は、女房の他に、なれなれしい口をきくことができて、ときには愚痴も聞いてもらえるヒトがる。向こうは向こうで、夫以外に、腹を割って話の出来る男友だちができたのだ。

そんな、火遊びをしたいわけではない中年の男と女が、今宵もネットの片隅で、ひそかにしのび逢いを楽しんでいるのである。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/09(日) 00:25:23|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

週末アヴァンチュール

_4294714.jpg


ねえ、どこまで行くの?

終点までさ。

終点ったって、これ、路面電車でしょ? すぐに着いちゃうんじゃないの?

帰れなくなるくらい遠くまで行きたいのか?

そういうわけじゃないけどさ…

どこかに行きたいから電車に乗るんじゃないんだ。路面電車に乗って、終点まで行って、そうして帰ってくる…。わずかな時間でも、君と一緒にいる口実をつくりたいだけさ。

帰ってくる頃にはもう真っ暗だわね。

ゴトンゴトンと電車に揺られて、長い人生からすれば君と一緒にいられるのはわずかな区間でしかないけど、揺られた記憶はいつまでも共有できる。まるで、肌を重ねてお互いの鼓動を確かめ合うように。


[週末アヴァンチュール]の続きを読む

テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/08(土) 01:58:53|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

口紅の味

_9282273.jpg


平日の朝の慌ただしい時など、ひとつのカップのコーヒーを女房と回し飲みすることが多い。
カップのふちには、すでに深紅色の口紅がついているのだ。
僕は、なるべくその口紅を避けて、対岸のふちからコーヒーをすする。
口紅が僕の唇につくのがいやだからということもあるけれども、それよりも、味覚で感じた時の口紅が、あまり美味いとは思えないことが大きい。
うっかり口紅のついたふちからコーヒーを飲むと、なんともいやな口紅の雑味が、口に残る。

いったい、口紅ってやつには、男ゴノミのする味がするものはないのだろうか。
盛り上がりに盛り上がった夜に、最高の想い出になるような初キッスをしようとしたときに、なんだかあのいやな感じの口紅の味だけが記憶に残ったとしたら、寂しいじゃないか。

ファーストキスは檸檬の味だそうだけど、たとえば口紅にもいろんな味があって、「ああ、あの子とキスをした時はあんな味だったなあ…」なんて思い出せる味があれば、恋の想い出も、あるいは失恋の想い出も、もうちょっと胸キュンなものになるような気がするのだけど。

メーカーも考えてほしいな。
口紅は、女には化粧品だけど、男には(恋の)調味料なんだから。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/07(金) 00:04:27|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

“振る”という決断

DSCF0054.jpg


今までに、女の人にフラれたことは幾度となくあるけれども、やむにやまれぬ事情で自分のほうからフラなければならなくなったとき、これが、どうにもしまらない。
O型の、優柔不断の性格のせいかもしれないけれど、「お前とはもうつきあえない。これっきりにしよう」などという、スパッとした言い方がどうしても出来ない。
いつのころだったか、交際を続けていくことに魅力を感じなくなった女性に対して、「すまないけど、今ほんとに仕事が忙しいんだ。一段落ついたら必ずこちらから連絡するから、しばらく待ってくれないか」と、メールで言い続けて、そのままうやむやになってしまわないかと願ったこともあった。
いや、正確に言うと、はじめのうちは、ほんとに忙しくて、「今はつき合ってやれないけど、そのうち暇ができたら必ず…」という考えではいた。だけれどもそのうち、「このままフェードアウトってことになってくれたら一番楽チンなんだけどな」…って考えになっていったのだ。
そういう、無責任で曖昧な態度を取り続けることが一番の罪作りなのだということも、分かってないわけではないのだ。
なんだかボクは、これから別れて別々の生き方をするであろう女にまで気を遣いすぎて(その結果、逆に傷つけてしまうことがあるにせよ)、サドンデスなものの言い方が、出来ない男なのだ。

であるからこそ逆に、現につきあいのある女性に対しては、これからもつきあいを続けていきたいつもりでいるのか、別れたい、あるいは、別れてもいいというつもりでいるのか、そのヒトの言葉やしぐさの行間を、必死に読み取ろうとするのだ。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/05(水) 00:16:09|
  2. FinePix F700
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5

外に出る日和

_8052051.jpg


ボクの仕事部屋は、とても閉塞的だ。
目の前に180cm幅の窓があるけれども、その先には庭木が茂り、その向こうには隣家があって、望める空といったら、視野全体の5%にも満たない。
なんだかまるで、独居房にでも入らされているような気分だ。
そして今日の仕事のノルマは、2000字の原稿が2本、800字の原稿が1本。
能力のある人にはどうってことのない数字かもしれないけど、ボクには重労働だ。
途中で逃げ出したくなってくる。
4時過ぎ、ふと、5%に満たない空に目を向けてみると、今日は青空だし、それに、この時間なのにまだ十分に明るい。
ああ、知らぬ間にずいぶんと日が長くなったのだなあと思う。
そうだ、気晴らしにウォーキングに出てみようかな、と思う。
億劫な時は、たとえ誰かに誘われたってウォーキングなんてものはめんどくさいけど、自分からその気になった時は、気休めでいいから、自分の思いつきに従ったほうがいい。
それでなくとも運動不足なのだ。股関節が固まってしまって、いざというとき(どういうとき?)、思い通りの動きができないかもしれない。
町内を一周ぐるりと、20分くらい、空気はまだ冷たいので手袋をして、すたすたと歩いてきた。
それで何が変わったわけでも得られたわけでもないけど、ほんのつかの間、独居房を抜け出せただけでも良しとしたいと思った一日だった。

そんなわけもあって、本日の写真は、なにしろヌケのいい写真を載せたかった。
人に見てもらいたいというより、自分で見てスッキリできる写真を載せたかった。
作品性なんて、はなっからない。自己満足の世界。
すみませんでしたね、今日はボクの自己満足につき合ってもらいました。

あ、そうそう。
画面にポツポツと小さな点が見えるかもしれませんが、ゴミではなく、空舞うトンボです。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/04(火) 01:00:18|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

kissをためらうとき

_A142710.jpg


kissくらいは、普通にする。
まして、ボクの中にはフランス人の血が流れているので(キモチの問題として)、女房とだけでなく、その場に“一定の空気”があるのであれば、ガールフレンドともプチュってする。
ただし、言うまでもないけど、空気を読めない男ではいたくないと思っているから、相手がウエルカムしてないのに、こちらの思い込みだけでkissを求めるなんて、バカなことはしない。
そこらへん、ちょっと力をつけた男は勘違いすることがあるんだね。
会社を急成長させた社長とか、巨大学校法人の総帥とか。
自分を絶対的な権力者だと思い上がるから、配下の女性に対しては、触り放題、キスし放題なのだと思い込んでいる。
発想がそもそも貧しいんだよね。
キスなどというのは、強引に奪うとか無理矢理押し付けるとかいうものではなく、なんていうか、お互いのココロの中で起こった化学反応が唇に磁力を生じさせ、思わず知らずどちらからともなく吸い寄せられていく…それがキスってもんじゃないのか?!
(何も、そんなに熱くなることもないのだけど…)

一緒に楽しく酒を飲んで、別れ際にどちらからともなくプチュってする。
相手にすれば、ほんの酔った勢いというか、アルコールで理性が緩んだ結果に過ぎないかもしれないけれど、少なくともその瞬間から二人は、“キスもあり”の間柄になる。

ところが、そんな二人なのに、いつの頃からか、別れ際にキスをしてもいいものかどうなのか、ちょっと見極めがつかなくなることがある。見極めがつかないというのは、少なくとも、相手のほうは積極的にキスをしようという素振りを見せないということだ。
なんせボクは、空気を読めないどころか、空気を深読みしすぎてしまうようなところがあるから、「あ、え、えと、どっちかな。オッケーなのかな。やめといたほうが無難かな」と、無難なほうを選んでしまう。
なにぶん、ボクの中には日本人の血も流れているので。(そりゃ当たり前だ)

いやしかし、KY、KYって、流行語のように言われてるけど、空気を読むことって、ほんと大事だと思うよ。
たとえキスやセックスがありきの間柄だって、その場その時の空気では、少し自分の一方的な“想い”を踏みとどまったほうがいいときもある。それが出来るか出来ないかで、その後の二人の絆がいっそう深いものになるか、その逆に少しずつ少しずつ隙間が出来ていくことにも、なってしまうのだから。

別れ際の今のこの瞬間、イタリア人の血が濃いボク(キモチの問題として)は、当たり前にキスをしたいのだけれども、どうもその場にはそんな空気が流れていないように感じられる…。
だとすれば、ボクは、小さく手を振って、「じゃあね」と、ただ笑顔を見せて別れるのである。

kissは、量じゃない。質だ。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/02(日) 23:37:03|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

週末の、ため息

P6141216.jpg


つとめて、ため息はつかないようにしているつもりなのだけど、それでも思わず知らず、はふぅ…と、ため息をついてしまうことがある。
人前でそんなふうに、はふぅっとため息をついたとき、一回りも年下の人間から、「何をため息ついてんですか。ため息をついたら幸せが逃げていってしまいますよ」と、諭されたことがある。
そんなピュアなことを言うような奴に思えなかったので思わず笑ってしまったけれども、一理はあるな、とも思ったのだ。
ため息というのは、ある意味、“負け”とか“挫折”とか“あきらめ”とか“失意”とかに通じる。
そういう、自分自身が後ろ向きな気分になったときには、確かに“幸せ”も逃げていってしまいそうな気がするのだ。やはり、少しでも自分の中に前向きな気持ちがないと。

メル友のL子が、ボクの気性をうまく言い当ててくれた。
“しゅうちゃんからはストレスを人にぶつけることはしないし、わがままも言わないし、それより人のストレスを聞くタイプでしょ?”
そうなんだよな。どちらかと言ったらボクは、ぶつけないで、飲み込んでしまうタイプ。
「冗談じゃねえよ!」と叫びたくなるような場面でも、こちらが折れたり曲げたり飲み込んだりすることでその場が治まるのなら、たいていはそういう選択をする。
そうすれば、やっぱり一回くらいは、ため息をつきたくなってくるのだ。

でもさ、逆に、ため息って、ついてもいいんじゃないかなあ。
ため息も、“深呼吸”の一つだよ。
ひとつ、大きくため息をついて、それから、“しょうがない。がんばるっきゃないな!”…って、思えればいいんだ。


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/03/01(土) 22:46:58|
  2. OLYMPUS E-300
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:9

FC2カウンター

プロフィール

津島

最近の記事

最近のコメント

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

RSSフィード

最近のトラックバック

月別アーカイブ

あし@

Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ