
昼過ぎの飛行機で日本に帰ってきました。19日に出国したので、ちょうど十日ぶりの日本です。
一刻も早く秋田に帰りたかったけど、諸事情で東京で足止め食ってます。今夜は新宿泊まり。
ニューヨークで、重すぎる荷物を一時預かりしてもらうことができ、身軽になって街に繰り出した27日のこと。
地下鉄のホームで目的地行きの電車を待っていると、反対側に止まっていた電車から「Miss! Miss!」と、大声で叫びながら黒人の少年が飛び出してきました。
そうして、ホームの階段を数段のぼりかけた白人おばちゃんの背中をポンポンと叩いています。
何ごとかと振り返るおばちゃん。
すると黒人少年は、あとを追って電車を飛び出してきた黒人少女(おそらく彼のガールフレンド)から財布を受け取ると、おばちゃんに手渡し、そしてまた駆け足で今の電車に戻り、そうしてすぐにその電車は出発していきました。
つまり、おばちゃんは、車内に財布を落としたのに気づかずに電車を降りてしまい、それに気づいた黒人少年たちがためらいなく財布を拾って電車の外までおばちゃんを追って手渡したというわけです。
無事に手渡したあと、電車に戻っていく少年と少女の笑顔が、なんともすがすがしかったこと!
ニューヨークの地下鉄と言えば、かつては治安の悪さの象徴のような存在で、車両は中も外も落書きだらけ。みんな、荒んだ気持ちや諦めの気持ちで利用していたものでした。ところが、今は落書きも一掃され、かなり安心して快適に利用できる便利な交通機関になっています。
2年前にボクがニューヨークに来た時も、地下鉄の車内にはヒールキャラ時代のボブサップみたいな黒人ばかりが目だち、“ああ、ここでは何が起こっても不思議ではないんだろうなあ”と腹をくくって乗ったものだけど、結局怖い思いをしたことは一度もなかったのでした。
他の乗客が落としていった財布など、気づかぬフリをしてもいいし、がっつりと自分のものにしたとしても「どうせここはそんな街なんだ」と、みんな目をつぶってしまっていたかもしれません。
それなのに、みずからの善意の行動のためにもしかしたら電車を一本遅らせなければならなかったかもしれないのに、電車を飛び降りてまで落とし主のおばちゃんに財布を届けた十代の黒人少年と少女。
ああ、ニューヨークは、ここまで人の心を澄ませられるようになったのかと、感動すら覚えたのでした。
もう一つ。
ニューヨークでは、一般的に歩行者は信号を無視します。クルマが来なければ赤信号でも堂々と道路を横断します。
ボクが建物の写真を撮ろうとして道ばたにたたずんでいた時、一人の青年がその広い道路を斜めに横断を始めました。そして、ちょうど道の中ほどに来た時、彼の右肩にかけていたデイバックのファスナーが全開になっていたみたいで、ちょっとした弾みで中のペーパー類がばらばらと路上に散らばってしまいました。そしてそこにビル風。ペーパーは一瞬にして四方に飛び散ります。
すると、近くにいたニューヨーカーたちは、一斉に路上に飛び出してペーパーの回収を手伝います。もちろん、通りかかったクルマは止まります。携帯電話をかけたままペーパー回収に参加しているおばちゃんもいます。
どうだろう、日本で同じような状況になったら、案外見て見ぬ振りをする人間や、めんどくさがって協力しない人間も少なくないんじゃないだろうか。
ニューヨークっ子の心意気で、ペーパーは一瞬にして全部回収できました。青年はみんなに礼を言って、その場を立ち去ろうとします。
と、ここで終わりではなかった。携帯電話のおばちゃんも一枚拾ってくれたのだけど、青年はそのことに気づかず立ち去ろうとしています。おばちゃんもまだ通話の途中だったらしくて大きな声も出せません。
そこで津島、頭の上で大きく2、3度手を叩いて、青年にこちらへ目を向けさせます。そして、「あっちあっち!」と、大きく指差ししておばちゃんのほうを振り返らせるのです。
最後の一枚も無事に受け取り、これで一件落着。旅の津島も、今どきのさわやかニューヨークのシーンに“端役”で参加することができて、ちょっとほこほこした気分になったものでした。
- 写真は、ブライアントパークであとから来るはずの恋人を待っている津島(イメージ) -
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- 2007/09/30(日) 02:01:22|
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ブライアント・パークから、おはよう、みなさん!
公園内には枯れ葉が舞い、ここニューヨークはすっかり秋の風情です。
今朝早く、サンパウロからニューアーク・リバティ空港に着きました。
今朝のコンチネンタルの便はかなり空いていて、中央3列席のボクの隣には誰もおらず、アームレストを起こしてずっと横になってきました。例えて言うなら、座席車のキップで寝台車に乗ってきた気分。2、3日前からちょっと風邪気味だったので、夜間飛行のフライトで体を伸ばして熟睡してこれたのはとても助かりました。
ニューヨークは“完成された街”だと思っていたのに、なんだか今でもビルの建設ラッシュが続いています。
(たとえば写真の右奥のように)
今こちらは朝の9時なんですが、10時過ぎには当地在住の日本の方とお会いできることになっています。うまく荷物を預かってもらえたら、身軽になって秋のマンハッタンを散策してみたいものだと思っています。
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- 2007/09/27(木) 22:07:15|
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終わった、終わった〜い!
ブラジルでの仕事、全部終わったぞぉ〜!
ああ、この解放感! 安堵感!
今、サンパウロのグァルーリョス空港にいます。
ネットが使えるカフェを見つけたので、コーヒー飲みながらブラジルから最後のアクセスです。
ここのコーヒー代で、残っていたレアルもほとんど使い切り、ポケットにあるのは60センターボのみ。
ドルだったらともかく、レアルなんて日本に持ち帰ってもどうしようもないものね。
なんだか津島、だんだん海外旅行上手になってきたぞ(^^;
あと2時間ほどでニューヨーク行きの飛行機に乗ります。
ハードワークだったけど、今にしてみればちょっぴり名残惜しい気持ちも…。
いつかまた、機会があれば再訪したいブラジルです。
奇しくも来年はブラジル日本移民百周年の記念の年。
なんか無理くり口実つくって来年もブラジルに来ようかしらん。
では皆さん、次は北半球でお目にかかります。
See You Soon!!
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- 2007/09/27(木) 06:39:49|
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ここはブラジル南部、川の対岸はもうアルゼンチンという国境の町、フォス・ド・イグアスです。
サンパウロ滞在中はネット環境が確保できず、ストレスがたまる一方だったけど、ここホテル・カリマンは、さすが世界的な景勝地に隣接するリゾートホテル。ちゃんとLANケーブルのコネクタがありました。
ちなみに、USBケーブルのほうは、サンパウロにアキバみたいなスポットがあって、そこでマルチカードリーダーを購入することができました。
五日間滞在したサンパウロを今日離れて、昼に飛行機でフォス・ド・イグアスに着きました。明日昼頃の飛行機でサンパウロに戻るので(そのまま乗り継ぎでニューヨークへ)、当地には丸一日の滞在です。
一日目の今日はまずアルゼンチン側のイグアスの滝の撮影。

空港から市内のバスターミナルまで行き、そこからアルゼンチン側の町、プエルト・イグアスに向かいます。
上の写真の左側に立派なバスターミナルがあって、プエルト行きのバスはどこから出るのだろうと探していたら、なんと、バスターミナルの外側の、この貧相な屋根付きベンチがプエルト行きのバス停なんだと。まあ、確かに“アルゼンチナ”とは書いてあるけど、あまりに国境横断バス路線のイメージからはかけ離れていて、最初教えてもらっても見過ごしてしまいましたよ。
ああ、ちなみに、ベンチの上に置いてあるのが今回のボクの旅の全荷物です。あらためて、“一人で行く荷物の量じゃないな”…と、思ったことでした。
バス停横で穴を掘っていたにいちゃんが、あやしい東洋人に興味を持ち始めます。
あるぜんちな?
イエス、プエルト・イグアス。
カタラタス(イグアスの滝)?
イエス。
国境横断バスだから、当然国境でイミグレーションがあります。
一旦荷物を持ってバスを降りて管理事務所でチェックを受けます。
その管理事務所が近づいた頃、インディオっぽいおねえちゃんが、運ちゃんに、「ちょっとこれ、その辺に置いておいてもらえないか」と、言うのです。運ちゃんも二つ返事。
管理事務所を出発すると、おねえちゃんは、「グラーシャス」と言って、それを引き取ります。
一体何を運んでいるのやら。
もっとも、出入国の荷物チェックはもともとあまり厳しくありません。バッグの上からポンポンと触る程度。
あやしい東洋人の津島はまったくスルーパスでした。
アルゼンチン側のイグアスの滝公園内はトロッコ列車で移動。
全然時間に余裕のない旅程なので、ハイライトの「悪魔ののど笛」と呼ばれるスポットだけ撮影してとっとと引き上げてきました。
[国境の町から愛をこめて]の続きを読むテーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真
- 2007/09/26(水) 11:00:18|
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やってもうた!
旅に出る時は必ず何か忘れ物をしてしまうので、今回はあらかじめ周到に必携品リストをつくって、万全の態勢で家を出たつもりだったのだけど、やっぱり忘れ物をしてしまった!
それは、USBケーブル。カメラからPCに画像を取り込むやつ。
せっかく、“ボクは今ここにいます”画像をアップしていくつもりだったのに、最初から躓いてしまったorz...
とりあえず、2年前に撮った写真でお茶を濁しておくけど、ボクは今この写真の街の空港にいて、これからまた飛行機を乗り継いで南に向かいます。
おっかしいなあ、USBケーブルも必携品リストに入れたつもりだったんだけどなあ。
向こうに着いたら、最初に買うのはUSBケーブルなのか?
なんだかなあ…
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- 2007/09/20(木) 07:38:25|
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臨時国会が始まって所信表明演説までして、代表質問を受けようかという当日にソーリダイジン辞めます…なんて、あまりにタイミングがひどすぎる。政治家として首相としてという以前に、一人の分別あるオトナとして、いかがなものかと思う。(ちなみに、津島はカレと同い年です。ボクのほうがカレより九日お兄さんです)
一般社会で、そういう仕事の辞め方をしたら、もう一遍に人間としての信用を失ってしまう。
例えて言うなら、永年交際してきて、いよいよ満を持してプロポーズして、さあこれからいろいろと先々のことを具体的に詰めていきましょうってタイミングで、「やっぱ、結婚やめます」って言うようなものだ。それじゃあ相手は納得いかない。ざけんじゃねえ、と叫びたくもなる。
辞めるタイミングはいくらもあったのだ。一番ベターな引き際もあったはずだ。それが、よりによって最悪のタイミングの辞意表明だもの。ほんとに、お気の毒なくらい生き方の不器用な人なんだと思う。
気力体力の限界を感じて(他にも理由があるという風説もあるようだが)、「もうこれ以上は無理」と判断したのだろうから、それには一定の理解も示してあげたいし、もともと「お辞めになったほうがよろしいのでは?」という声もあったわけだから、百歩譲って「結果オーライ」ということにしてもいいと思う。去り行く人にあまり冷たい言葉はぶつけないものだ。
もしもボクがそういう立場の安倍チャンで、それこそ、「もうこれ以上は無理っ」て思ったら、代表質問の当日の朝でもいいから、まずボクは倒れるね。
周りに人がいる前で大げさに昏倒して、失神でもしたように装って、それで救急車で慶応病院に運んでもらう。もちろんその頃にはニュース速報で「首相倒れる」の一報が流れる。
そして、それから数時間後、病院のベッドでかろうじて意識を取り戻し(た体で)、側近を通してこういうコメントを出すわけです。
「自らの健康管理の怠慢で皆様に多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びいたします。引き続き政権運営には強い情熱を注いでまいりたいと思っているところではありますが、今の自分のこのような健康状態では、円満な政権運営には甚だしい支障をきたす懸念もあります。誠に無念ではありますが、お許しをいただけるのであれば、私が今ここで首相の職を辞することによって、国政の停滞を最少限にとどめたいと考えているところであります」
そこまでやってくれたら、「ああ、安倍チャンもほんとうに大変だったんだなあ。よく頑張った。いいよいいよ、あとはゆっくり休みなさい」と、少しは同情も集まるかもしれない。同じ信用を失うにしても、今回のような最悪の信用の失い方にはならなかったはずだ。
それくらいのずる賢い機転も働かないのだから、ほんとうに要領が悪いというか、不器用な人だったんだなあと思うのだ。
その日ボクは、竹芝桟橋から三宅島に向かう東海汽船の船に乗り込むところだった。
女友だちと二人の船旅で、二人分のチケットがボクの手の中にあった。
ところが、その彼女が桟橋に現われない。
携帯電話もない時代で、いったいどういうことなのか、事情がまったく分からない。
出航時刻が迫る。彼女は来ない。
旅行を取りやめるのももったいなく思われて、なんだか訳も分からないまま一人で船に乗って三宅島に向かったのだ。
船は三宅島に翌早朝に着く。あまりに早い時間なので、まず最初に予約していた民宿に入って、少し休んでから島内観光に出かけるのがパターンになっていた。
同じ民宿に、ボクより少し歳上らしい一人旅の男性がいた。
それとなく話をしているうち、彼はレンタカーを借りて島内を一周するとのことで、「よかったら一緒に回るか?」と誘ってもらった。ボクのほうは、一緒に来るはずだった彼女がいないので計画も何もあったものではなく、ぜひにとお願いすることにした。
「いやあ、実はクラスメートの女の子と来るはずだったんですよ」と、潮風を浴びて島の周回道路を走るクルマの中で、ボクは今度の旅のいきさつを話す。
それに応じる彼のほうの“旅のいきさつ”は、もうちょっと深刻なものだった。
大手の電器メーカーに勤めている彼は、長く交際していた恋人にプロポーズをした。結婚式の手はずとか、結婚に向けた準備を着々と進めているうちに、急に、その結婚を取りやめたくなってしまった。
特に具体的なはっきりとした理由があったわけではない。とにかく直前になって、〈何かが違う〉という想いが、彼の心の中を支配してしまったのだろう。
相手の女性が悪いわけでもない。それに、今このタイミングで結婚をやめてしまったら、相手の女性に一生消えない心の傷を刻んでしまうことにもなりかねない。それでもどうしても、彼はこのまま結婚話を進める気にはなれなかった。
それで、少なからぬ慰謝料を払って相手に折れてもらい、全てを清算して、やっと全部の話が片づいたところでの、今度の気晴らしの船旅だと言うのだ。
ああ、なんだか、みんな、切ないねえ。
ボク自身も切ないし。ほんとうだったら、もっと心浮き立つ旅になっていたはずなのに。
(あとで分かったことなのだけど、ボクと一緒に来るはずだった女の子も、ほんとうに直前になって想定外のアクシデントに見舞われて、どうしても旅行を諦めざるを得なかった。彼女も切なかったのだ)
人生には、ひと一人が頑張ってもどうにもならないような、大きな運命の歯車のようなものがあるのかもしれない。
そんなやるせない切なさを引きずりながら、自分も他者もなるべくなるべく切なくならないように努め、引き受けてしまった切なさは、胸の奥の隅っこのほうにでも、しまっておく場所を確保しておくべきなのかもしれない。
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- 2007/09/17(月) 00:51:53|
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ご存知の方も多いだろうけど、パスポートには5年用と10年用がある。
海外旅行が一度きりとか、とりあえず当座必要というのであれば5年用で十分だし、今後も引き続き繰り返し渡航の機会がありそうであれば10年用を取得しておくのがリーズナブル。確か、取得費用は1万円と1万5千円くらいの違いだったと思う。
津島は、取得時の出費を抑えたいという貧乏人根性で、とりあえず安いほうの方法でパスポートを取得する。どうせ頻繁に渡航するわけでもないし。
ところが、最初の取得から6年目にまた外国出張が入って、改めてパスポートを取得しなければならなくなり、結局それで5千円損してしまうのだ。
今のパスポートは2年前の10月に取得したものなので、津島に海外取材の仕事をくれる場合はあと3年以内にまとめてお願いしたいのだ。そうでないとモトがとれない。
夕べから姪っ子とメールのやり取りをしているのだけど、彼女は取得した5年用パスポートを結局一度も使わないまま失効させてしまったそうだ。
金がないわけでもないのになんで5年用を取得したのかというと、おそらく5年前後で名字も変わるだろう…という皮算用だったらしい。
ところが、未だに名字が変わる気配もなく、一度も海外旅行をしないままパスポートを失効させてしまった。
ああ、なんだか、ダブルに物悲しい…。
いっそのこと、ジェファーソンとかマコーミックとか、そういうカタカナ表記の名字になるのも手ではないのか?
そうすれば海外旅行も一石二鳥だ。
がんばれ、N子!
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- 2007/09/14(金) 15:17:06|
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次の旅に持っていくバッグをどれにしようかと、いくつか広げてみる。
そうすると、中から前の旅の名残の品がいろいろ出てくるのだ。
列車のキップが出てきた。
ん? 無事に終わった旅なら、手許にキップが残っているはずはないのに。
思い返してみたら、これは2月に北海道に行った時のもので、札幌から小樽に向かっていた猛吹雪の朝、突然架線故障で電車が動かなくなり、途中の無人駅から代行のタクシーが出て、それで結局キップは回収されないまま手許に残ったのだった。
領収書が出てきた。ホテルの領収書だ。
○月○日 1名様 ○○円と、手書きで書いてある。
ん? 待てよ。この時は彼女と二人で泊まったのだから2名様と書いてないとおかしいんじゃないか?
ははあ、ホテルが気をきかしてくれたのかな。
ホテルの領収書がもとで家庭争議にでもなったら厄介だろうと。
でも、そこまで気を回してくれなくてもよかったのに。
あのとき一緒に泊まった彼女というのは、ほんとのほんとにうちの奥さんだったのだから。
でも、女房と一緒だったのに、訳ありのヒトとの旅だと思われたのだとしたら、「お、なんだかオレもオトコとしてまんざらじゃねえのか?」…と、ちょっとキモチヨクなるのだった。
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- 2007/09/13(木) 01:27:01|
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今日の新聞記事で初めて知ったのだけど、五所川原(旧金木町)の太宰治の生家・斜陽館が今年で築100年になるのだそうだ。
今にして思えば、その100年という節目の年の今年5月に女房を斜陽館に連れて行けたことは、悪くないタイミングであった。
ボク自身は自他ともに認める太宰びいきなので、一人では今までに何度も斜陽館を訪れている。旅館時代の斜陽館に泊まったこともある。旅館斜陽館のママさんから、「太宰ファンの一人旅の若い女性客が滞在中に宿からいなくなることがあって、手分けして探しまわったことも何度かあった」…なんていう話を伺ったこともある。
それどころか、津島自身、真冬に斜陽館に泊まって、ちょっとだけ宿の外で酒を飲むつもりが、甚だしく泥酔してしまい、真夜中に飲み屋を出てから宿までの帰り道が分からなくなり、コチンコチンに凍った道で一瞬カラダが浮くほどの激しい転び方を繰り返したりして、危うくボク自身が捜索の対象になりかけたこともあったのだった。
朝、無事に布団の中で目覚めたので(激烈な二日酔いとともに)、とりあえずなんとか宿にたどり着いていたようだった。
何年か前に、一度女房を斜陽館に連れて行こうと思い立ったことがあった。
朝少し早めに秋田を出発すれば、日帰りで行ってこれない距離ではなかった。
ただその時は、斜陽館の近くまで行きながら、知ったかぶりをして近道でもしようと、通ったことのない道に入り込んだら、行けども行けども目的地に近づく気配がなく、なんだか、キツネかタヌキに化かされているような塩梅で、そのうちだんだんと日も暮れかけてきて、「いいよ、おとうさん。今日は諦めてもう帰ろうよ」と、まったく、なんのためにあそこまで行ったのか分からないような始末であった。
そんな意味でも、今年の斜陽館行きはボクにとってはリベンジでもあった。
そもそも、ボクと女房はあまり趣味が合わない。ボクが太宰などの作品を好んで読むのに対して、彼女は内田康夫や捕物帳モノなどを好む。だから、斜陽館などにもあまり興味は示さないかなと思っていたのだけど、案に相違して今回はかなり丹念に屋敷内を見て回っていたのだった。
「どうだ、やっぱ、いいだろ、太宰?」と言いかけたけど、きっと彼女は、「いや、別に、太宰がいいってわけじゃない」と、言うに決まってる。
とは言いながら、女房とのそんなベタな夫婦漫才みたいな掛け合いも、織り込み済みで楽しんでいるのだけど。
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- 2007/09/11(火) 12:37:28|
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それはツライ話だなあ…と、思わされたことがあった。
それはうちのニョウボウから聞いた話なのだけど、ニョウボウが奥様連中と飲み会をしていて、その一座の中の一人から、ふと漏れた溜息まじりの話だったのだろう。
その女性は、亭主とは一階と二階に分かれて寝ているのだという。
亭主の食事をこしらえたり、亭主の着たものを洗濯することには何の抵抗もない。ただ、亭主との夜のことについてだけは、苦痛で苦痛でしかたがないと言うのだ。
又聞きなので、それが具体的にどのようなことであったのかは知る由もないのだけれど、とにかく彼女はそれを望んでいない。
それで、少しでも亭主と“距離”を置くために家の上と下で分かれて寝ているのだ。
ある周期で、夜中に2階の亭主が下に下りてくる。
そのギシギシという階段のきしむ音を聞くと、彼女の身は悲しく固まるのだ。
一方、これは別の女性からボクが直接聞いた話。
「あたしは別にセックスはしたくないのよ。でも、旦那が求めてくることについては、そんなに抵抗はないわ。自分からセックスしたいとは思わないし、特に気持ちのいいものだとも思わないけど、旦那が求めてきたら別に拒んだりはしないわ」…
そういう、苦痛ではない“許容範囲”内だというのなら、それはそれで、平穏な人生と、言えるのかもしれない。
ボクももう少し若かったら、「お前、ほんとうにそれでいいのか?! セックスって、なんかこう、もっと…」などと、説教くさいことを彼女に言っていたかもしれないけれど、物事何でも、すべからく本人が納得してるか否か、である。本人さえ納得しているのであれば、周りがとやかく言うことでもない。
ほんとうは、“お互いが気持ちのいいセックス”というのが理想だと思うのだけど、しばしば、自分の気持ちよさだけを追求して、相手のことなど置き去りにしてしまうようなセックスもあるものなのだ。
これから愛を育んでいこうという若い人たちは、せめて、“許容範囲”内におさめられる人と、出会ってほしいものだと思う。
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- 2007/09/11(火) 00:47:43|
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このfc2ブログのユーザーさんの中には、自分の子どもの日常をとてもマメに写真に撮ってブログに載せている方が多くいらっしゃる。
広告の世界には“3B”という言葉がある。広告が人目を引くために効果のある“手法”のことである。
3Bとは、Beaty(美人)、Beast(動物)、そしてBaby(子ども)だ。
これらは、非常に良く人目を引きつける。なので、広告表現の中にこれらのどれかを登場させると、注目度の高い広告になるというわけだ。
やはり、小さな子どもの可愛らしさったら、誰でも心和まされる。(子ども嫌いの人はともかく)
そういう“子育て日記”的なブログを覗かせてもらうと、ほんとに、我が子が可愛くて可愛くてたまらないっていうヤングパパママの心模様がじかに伝わってきて、それに、なんか、とても子育てを楽しんでいる様子も感ぜられて、とてもほのぼのとした気分にさせられるのだ。
ふと思ったのだけど、そういうブログが何らかの形で長く残されて(たとえばブックレットなどにまとめるとか)、ざっと四半世紀後、当の赤ちゃんが大人の感性で世の中を眺められるようになったとき、自分のお母さんが自分のことをとても慈しみながら、そして自ら子育てをとても楽しみながら自分を育ててくれたことをそのブログから知ると、きっと涙が出るくらい感激するのではないだろうか。
子育てブログを観させてもらうと、なんだか自分でももう一度子どもをつくって育ててみたくなってしまう。
余談ながら、津島は先日、激しい歯痛に襲われた。ボクはもともと歯医者嫌いなので、少しくらい歯が痛くても我慢してやり過ごそうとしてしまうのだ。ちょうど温泉を2ヶ所立て続けに宿泊取材しなければならなかったのだけど、ノーシンを飲みながら、気が狂いそうな痛みに堪えて数日間を過ごした。
そして津島は思ったのだ。
これだけの激痛に堪えきれたのだから、きっとボクなら、男には堪えきれないと言われている分娩痛にも立派に堪えきれて、元気な赤ちゃんを産めるかもしれない!…と。
それはともかく、今さらボクの直系の子どもが出来る可能性はほぼ0%と言っていいと思うが、もし、青天の霹靂でどこか(自家以外)で子どもが出来てしまったら、多分ボクは、どうにかしてその子どもがちゃんと育っていく手だてを考えることになるだろうと思う。
まあ間違いがないのは、自分の子どもよりも、そう遠からず孫が出来るだろうということだ。そうなったら、子育ては諦めて、孫育てを楽しみたいと思う。
ガールフレンドたちには、「今度は孫をおぶってキミに会いにくる」と言っている。
たいていは、いやな顔をされる。
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- 2007/09/10(月) 01:45:30|
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『情熱のなまはげ』
もうすぐ秋田は小正月行事の季節になる。[※津島注 この原稿の初出は2007年1月です] 現在男鹿半島一円で大晦日に行われている「なまはげ行事」も元来は小正月の行事だったようだ。今年も2月9日から11日まで男鹿半島真山神社境内で繰り広げられる「なまはげ柴灯(せど)まつり」は、この民俗行事と真山神社の神事である「柴灯祭」を組み合わせて観光行事化したものである。
真山神社直下には平成9年に、通年でなまはげ行事を再現して見せてくれる「男鹿真山伝承館」が開設され、ついで平成11年に、集落ごとに実際に使われていたなまはげの面の展示と映像でなまはげ行事を紹介する「なまはげ館」が誕生し、両館は共通券を発行してなまはげに理解を深める機会をつくってくれたのだ。
ことに、伝承館のなまはげの実演が素晴らしい。夏期は連日1日13回も、12月から3月までは土日祝日のみだが1日6回、実際に目の前でなまはげ行事を再現してくれる。これには観光客は大いに感動する。子供や新妻を怖がらせるだけの野蛮な行事だと思い込んでいた人も、むしろその逆に、ほのぼのとした人のぬくもりの伝わる行事であることを知る。私自身も、秋田を訪れた知己がなまはげに驚き喜ぶ様子が嬉しくて、年に何度も客人を伴って両館を訪れているのだ。
「なまはげ館」には、来館者がなまはげの衣装を身につけられる「なまはげ変身コーナー」があり、こちらも観光客の人気を呼んでいる。いささか手前味噌ながら、私も去年の夏に親戚を連れて行き、ここで記念写真を撮って、帰ってからプリントしてみたら、その時は衣装を身につける順序などの説明書きが背後の壁の真ん中に張ってあり、それが写真に写り込んでいた。それがちょっと無粋に感じたし、セットの後ろの大きな一枚ガラスの窓からの逆光で撮影に失敗する人もいるのではないかと気になった。僭越ながら、そのことをメールに書いて「なまはげ館」に送っておいた。それからしばらくしてまた「なまはげ館」を訪れたら、ちゃんと説明書きが別の場所に移され、窓には逆光を抑えるシェードまでおろされていた。この対応の素早さに私は感動して、思わず支配人さんにお礼を申し述べたのだった。
「なまはげ館」は今年中には入館者が100万人に達する見込みだとか。遠くからのお客さんのために年中無休。なまはげ柴灯まつりの三日間は時間を延長して夜8時まで開いている。
男鹿のなまはげ人たちはなかなか情熱的なのだ。
#2007年1月 『郷』Vol.62掲載
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- 2007/09/08(土) 23:56:11|
- ツシマノシゴト
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生きているあいだは渋々我慢するとしても、死んでまで亭主と同じ墓に入るのはまっぴらごめんと吐き捨てるように言う女の人がいる。
あるいは、亭主と同じ墓というのはまだ我慢できるとしても、死んでまで姑と同じ墓というのは堪え難い…と言う人もいる。
「そこに私はいません」という歌があるくらいだから、死んでからのこととか墓のこととかまでくよくよ考えることもないような気もするけれども、これもまあ、いわゆる“心の居場所”の問題であって、ずっと生きてきて、ほんとに心安らげる居場所を見つけられなかった人の無念さは、想像に難くない。
『千の風になって』の返歌ではないけれども、こんな歌の文句はどうでしょう。
♪もしもあたしが死んだら 誰のお墓に入れようと
生きてるあなたたちの 好きにすればいいわ
あたしは思い立ったら いつでもお墓を抜け出して
どこでも自由に飛んでくの 吸いたい空気を吸うの
昔好きだった人のお墓にも 今度はためらわずに遊びに行くわ
お盆にお墓参りに来てくれていいけど
あいにくその日はあたしはいないかも
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- 2007/09/07(金) 16:37:50|
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ペイドパブ…日本語では「記事体広告」と訳されるが、一見普通の記事のようでいて、実はそれ自体が広告になっている、つまり、お金が発生している、というものがある。
ペイドパブの原稿書きは神経を使うのでめんどくさいのだけど、ライターとして仕事をしている以上、避けては通れない道でもある。
ただ、ペイドパブだからといって、お金を出してくれた側の顔色だけうかがうような文章を書けばいいというものではない。むしろ大事なのは、川下側、つまり、読者にちゃんと情報が伝わるかどうかということだ。経験の浅いライターなどの場合、そこらへんがうまくコントロールできなくて、ストレートにスポンサーさんだけを“よいしょ”した記事を書いてしまうこともある。読者の“気持ち”なんて、どうでもよくなってしまっているのだ。それが結果的に読者に対してウソの情報になってしまって、あとで余計なトラブルの元になることもある。グルメ情報なんかではよく起こることだ。
お金を出してくれる人によいしょするのも一つの世渡りのスキルであり、それはそれでいいのだけど(ボクはそれができないからいつまでも貧乏ライターなんだけど)、なんかね、大げさな言い方をすれば、“悪魔に魂を売った”感じがして、少なくともボクは、そういう文章はあまり書きたくない。
たとえば温泉の取材記事を書くとき、それがとても素晴らしい温泉だったら、見たまま、感じたままを記事にしても成立するわけだけど、ペイドパブ的な仕事のときは、残念だけど見たまま感じたままを書いたのでは成立しないような温泉にあたることもあるのだ。でも、それでも書かないわけにはいかないのだ、仕事だから。
だからといって、スポンサーに対して歯の浮くような偽善的な文章を書くのも違うと思うし、読者に対してウソを書くわけにもいかない。その辺が思案のしどころだ。
そんなときは、かなり煮つまりながらも、どうにかして突破口を見いだす。「そうだ、こういう書き方をすれば、読者に対してウソにはならないし、結果的にはスポンサーにとってもいい宣伝になるはずだ」というような文章をひねり出す。
そうやって書いたテキストを編集部のY子にメールで送る。
数日後、スポンサー校正の結果が、Y子の済まなそうな声とともに電話で届く。
「実は直しが入っちゃって、本文のこことここを削除してほしいって言ってるんですよ」
おいおいおいおい!
Y子を責めるわけじゃないけど、その部分こそが、苦心惨憺ひねり出した、その宿の紹介記事を成立させるための一番肝心な部分じゃないか。いい記事を書いてくれたと感謝されこそすれ、否定されるとはどういうことだ?!
Y子はボクと大体感性が似通っているので、ボクに言われるまでもなく彼女もこの件では納得いってないのだ。だけれどもやはり、大きな力には屈しざるを得ない。それに、ボクがいつまでもごねて、Y子が板挟みに合うのも可哀想だ。
「あともう一つだけ」…と、済まなそうにY子が付け加えて、料理の写真も、ボクが撮ったのではなく、宿のほうで用意した写真に差し替えてほしいと言われたと言う。
それもやはり、ボクの仕事が否定されたみたいで(否定というよりは、担当者が代わったこともあってこの連載のコンセプトが相手方に上手く伝わっていなかったことが原因のようなのだが)、ほんとは面白くないのだけど、立場的には飲まざるを得ない。ささやかな抵抗として、「それは構わないけど、“料理写真は宿提供”と断り書きを入れてよね」と言うと、「そうですよね」とY子も同意するのだ。
それからまた数時間後にY子から電話があり、「直したのをPDFで送ったので確認してみてください。あ、それから、料理の写真は津島さんのでそのまま出してみることにしました」
「おいおいおい、いいのか?」今度はボクのほうが心配になってくる。
「どうなるか分からないけど、とりあえずこれでいってみます」Y子のささやかな抵抗だ。
仕事というのは、達成感のあるいい仕事のときもあるけど、やればやるほどフラストレーションが募る虚しい仕事もある。
料理の写真も、最終的には“大きな力”で差し替えさせられるかもしれない。
それでも、Y子とボクのように、“一緒に闘える同志がいる”というのは、大きな救いなのだ。
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- 2007/09/04(火) 23:20:14|
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今回仙台に行ってきたのは、本業のほうではなく、自分たちが秋田でやっているNPOの活動に関連したもので、言わば、“先進事例研修”といったところ。
その研修の中で、9月26日と27日に仙台で『百合祭』という映画の上映会があることを知った。
細かく説明しているとキリがないので、興味ある人だけネットで「百合祭」で検索してもらうとして、ざっくり紹介すると、“老年女性の性愛を、どこか辛らつながら、明るく肯定的に描き出した小説”が原作の映画、というものだ。
パンフレットを見させてもらったが、これがすこぶる面白そうなのだ。
監督も女性で、ボクは知らなかったけど、この女性監督、かつてピンク映画を300本も撮っている強者であるらしいのだ。
女性監督がピンク映画を撮る?!
ちょっと理解しづらいイメージだけど、ネット上にあるこの監督のメッセージによると、
--------
私がどうしても監督になりたいと思ったとき、独立プロしかなかった。しかしピンク映画に乗り込んでみたら、それはそれでとてもひどい世界で、男に都合のいい女ばっかり描く。レイプが商品として成立する。腹が立つことに、レイプされている女性が1分もすれば喘ぎだす始末。ここでは決まったセリフがあって、レイプしている男が「ほらほらいやだいやだっていってたのに、こいつ腰ふってやがるよ、結局女は突っ込みゃ悦ぶんだ」。そんな映画が延々と作り続けられている。そんな状況を見たときに、本当にふざけんじゃないよと思った。レイプされて悦ぶ女がどこにいるんだよって。そんなことは成立しないんだ。ここまでひどい男の性幻想の中で、女が物のように扱われている世界で、女は違う、突っ込まれても感じないという、女側から描くとこうなんだということを逆に伝えていこうというのが私の映画のスタート地点だった。
(インタビュー記事から抜粋)
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…と、いうことらしい。
ボクもスケベな男の一人として、たまにエロビデオを見ることはあるけど、ほんとにこの監督の言っていることはよく分かる。男の目線で見ても、うんざりするような映像が少なくない。女は、男が快楽をむさぼるためだけの道具に過ぎないの? セックスって、男と女が一緒になって楽しむものなんじゃないの? あるいは、女を心底楽しませてあげてこそ、セックス者としての男の甲斐性と言えるんじゃないの?
ボクが一つ危惧しているのは、若い男が、エロビデオの世界を鵜呑みにして、女の心や体を平気でもてあそぶのが“セックス”なんだって、思い込んでしまわないかということ。
いや、確かに、そういうエゲツない映像にコーフンしてしまうのも哀しいオトコの性(サガ)ではあるのだけど、でも、少なくとも、それがセックスの全てではない。
自分のシュミを述べるのはちょっと照れるけど、こういう歳になった津島としては、女をもてあそぶものとして描いているエロビデオなんかよりは、女のほうもちゃんと“女スイッチ”が入ってそして最後まで“完全燃焼”させているビデオに感動する。そういうビデオは本当に少ないのだけど。
ああ、彼女の撮った“女目線”のピンク映画を観てみたいものだな。そして、多くの若い男たちこそ、そういう映画を観るべきだ。
そんな意味で、『百合祭』という作品にも大いに期待しているのだけど、あいにく仙台での上映会がある日にはボクは物理的に動けない。
昨日の夜、宿泊先のホテルで、一緒に仙台に行った女子たちの部屋でビールを飲みながら、「いっそのことオレたちがその映画を秋田に持ってきて自分たちの手で上映会を主催できないものかねえ」などと話し合った。
女子たちもそれには賛成だった。
この映画の制作会社のHPを見てみると、けっこう全国で上映会が催されていて、なかなか好評なようだ。
自分も観たいし、多くの人にも観せてあげたい映画なのだ。
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- 2007/09/03(月) 22:47:33|
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昨日から一泊で仙台に来ていた。
少しは外で酒も飲んだけど、締切の迫った書きかけの原稿があったので、今朝は少し早起きしてホテルの部屋で原稿書きして、バイキングの朝食をはさんでやっと書き上がったので、今しがたメールで送ったところ。
相変わらず綱渡りだなあ。
昼頃の「こまち」で秋田に帰ります。
その前に少しは街を散策できるかしらん。
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- 2007/09/03(月) 09:16:05|
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そのヒトは、明らかに老けていた。
もう、誰が見ても“おばあさん”だった。
それでも、そのヒトらしい気品のようなものが、昔のままだったのがせめてもの救いだった。
今このヒトを、(かつての一時期のように)激しくむさぼり求めることがあるかといえば、おそらくそういうことはもうないだろう…としか言えなかった。物陰で着衣の上からそっとハグすることはあったとしても。
「ボクも人のことは言えないけどさ、実に、“時の流れ”を感じるね」
「そりゃあそうよ、もうしっかりおばあちゃんだもの。孫は来年小学校なのよ」
「どうだった? 悪くない人生だったかい?」
「おかげさまで。あなたに“寄り道”できたことも、今にして思えば、とてもいい“気分転換”だったわ。あら、あなたとのことを気分転換だなんて、失礼ね」
「ははは。いやいや、気分転換で結構だよ。“出会わなきゃよかった”なんて恨まれるよりは、少しでも、何か、きみの“足し”になったのなら、それでボクは本望だ」
「ふふふ」可笑しそうに笑う彼女。
「何が可笑しいんだよ?」
「あなたのその香水、あの頃のままなのね」
「ああ、これか。ははは。ケチってるわけじゃないんだけどね、全然減らなくてさ。バカの一つ覚えみたいに、年がら年中、このオードトワレだよ。こんな匂い、今の時代にはもう流行らないんだろうけどね」
「あの頃ね、何ヶ月かに一度、あなたに逢っていたでしょ? あなたのそばまで行くと、いつも決まってその香りがしてきてね、その香りを嗅ぐたびに、なんだか、自分の田舎に帰ってきたような、すごい安らぎをおぼえたのよ。幸せだったわあ、あの瞬間…」
「光栄だよ。ボクのほうは、あいにく香りではキミのこと記憶してないけど、なんていうか、まだ、手のひらの感触で、キミのことはおぼえているかな。あはは」
おばあさんになった女と、おじいさんになった男の、わずかな時間の逢瀬だった。
コーヒーショップを出て、彼女が乗る地下鉄の駅に向かう道すがらの、少しの物陰に、彼女のカラダを引き寄せ、ちょっとだけきつく抱きしめて、唇を重ねた。
そして、ボクの利き腕の左腕で少しだけ彼女の右の乳房を揉みしだいたのは、かつて恋人同士だったことのある男と女として、許される範囲だろうと、ボクは勝手に決め込んでいた。
にこにこと、穏やかな笑みを浮かべて、地下鉄の改札口に吸い込まれていく彼女だった。あの頃のままに。
…というような、歳をとってからの昔の彼女との再会を夢見る津島でした。
(9月最初の記事は、妄想全開でお送りいたしました)
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- 2007/09/01(土) 22:40:31|
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