
このホテルの全容は、ほとんど人目には分からない。
なぜならば、離れ形式でわずか10室しかない客室は、雑木林の中にすっぽりと包まれていて、外からはこのホテルのスケールが分からないようになっているのだ。
否、そこにホテルがあることすら、世間には伏せいているような、オトナの隠れがのようなホテルだった。
オーベルジュを名乗るだけに、食事は素晴らしかった。
シンプルな白い器。
器をシンプルにするのは、料理そのものに自信があるからだ。
豪華さと上質さをはき違えた“高級風”ホテルは、派手な器で客の目を眩まそうとする。
広めの畳の部屋に、二つ並べて敷かれている羽毛の布団。
「ちょっと、寒くなってきたわね」
「こっちに、くればいいじゃないか」
「んもう、どうせ最初っから、そういうコンタンだったんでしょ?」
そう言いながら、しかし、まんざらでもない顔つきで、浴衣の前を少し合わせ直して、あなたはボクの布団に滑り込んでくるのだ。
ボクの胸に顔を埋めて、小さく深呼吸するように、あなたはささやく。
「あったかい」
と、いうような妄想に耽りつつ、最上級の料理のおいしいホテルに一人で泊まりながら、料理の写真を撮り終わって、それをみずからの晩飯にして、翌日が締切の原稿をなんとか間に合わせるため、持参したノートPCで朝の3時半過ぎまで原稿書きしていた津島であった。嗚呼…
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- 2006/10/30(月) 22:51:51|
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ことさら深く傾倒しているというわけでもないが、ボクは太宰治を少しだけひいきにしている。
ボクが使っている津島というペンネームも、これは実は太宰の本名の名字で、ある編集部から「今度の仕事はペンネームで書いてもらえないか」と頼まれて、ほとんど迷うことなく、それならば太宰の本名をもじらせてもらおうと、考えたのだった。
傾倒していないとはいえ、太宰の生家である津軽の「斜陽館」を訪れることは僕にとっては悪い趣向ではなかったし、小説「津軽」のクライマックスになっている小泊村を訪れる機会があったときは、「ボクもついにやってきましたよ、太宰さん」と、感慨にひたったものだった。
今は町の(合併したから、市の)管理する記念館になっている斜陽館だが、何年か前までは民間の経営する旅館だった。宿泊するのは当然ながらほとんどが太宰ファン。
旅館時代の斜陽館にもボクは何度か取材に行っていて、一度は実際に泊まり、太宰並みの大酒飲みであるボクは、厳寒の夜、宿の外の店でしたたかに酒を浴びて泥酔し、店を出たあとの宿までの方向感覚を失い、凍り付いた道に足を取られて激しく転倒するなど、まさに、死にかけたこともあったのだった。
ボクなどは太宰ファンとしてはまだ可愛いほうで(?)、これは当時宿の人に聞いた話なのだけど、女性の一人旅の客が泊まりにくると、宿としてはずいぶんと気をもんだらしいのだ。斜陽館に限らず、昔から女性の一人旅というのは、何か“訳あり”と勘ぐられて、宿はあまり泊めたがらなかったものだ。旅好きな女性が気兼ねなく一人旅できるようになったのは、比較的近年になってからではなかったろうか。
あるときも、少し翳りのある女性が一人で斜陽館に泊まりにきて、夕食を摂るところまでは姿が見えたのだけど、そのあと館内に姿が見えなくなった。(やっぱりそうかな)…と、人をかき集めて捜索に夜の町に散っていくのだ。そういうことが一度や二度ではなかったと、宿の人は教えてくれたのだった。
今回、秋田を起点にした日帰りレジャープランをいくつか提案してほしいと、ある編集部から依頼されたとき、ボクはそのプランの一つとして、JR五能線のリゾート列車「リゾートしらかみ」に乗って斜陽館に日帰り鉄道旅行するというのはどうかと、提案した。
それがすんなり通って、過日無事に取材を敢行できたのである。仕事だから、きっちりやるべきことはやってきたけれども、お金をもらいながら自分の好きな世界に浸れるなんて、ちょっと贅沢な気分であった。
「リゾートしらかみ」で斜陽館まで行ってきた後日、列車移動では抑えきれないポイントを、クルマを使って撮影して回ったのだった。それは主に深浦町であった。ここも太宰のゆかりの地だ。太宰は二度、この町の「秋田屋旅館」に泊まっている。今、その旅館の建物は、ふかうら文学館として太宰の資料をそろえ、太宰が泊まったという部屋もうやうやしく公開しているのである。
ボクのほうは、その文学館の外観写真を一枚撮るだけの用だった。
前夜に、ボクはある女性に手紙を書いていた。彼女はインターネットをやっていないらしくて、連絡をとるのは手紙を書くしかないのだ。用事は何でも(ラブレターめいた内容の用事を含めて)メールで済ませてしまう昨今、手紙でものを伝えるという行為に、ちょっと仰々しいような、面映い想いをするのだった。
そのように前夜に書いた手紙を、今度の取材で移動中のどこかの町のポストに投函するしかなかった。ふかうら文学館の写真を撮っていると、ちょうど数軒離れて郵便局がある。ボクはそこで80円切手を買って、その人への手紙を投函したのだった。
あとで小説「津軽」を読み返してみたら、太宰は小説執筆のための取材で単身この町を訪れたとき、この町の郵便局ではがきを一枚買って東京の留守宅に短い便りを出している。
それがきっとこの郵便局だったろう。なんだか、ボクは太宰の真似っこばかりだなあと、苦笑するしかなかったのだった。
手紙を出した相手というのは、ボクの写真学校時代のクラスメートだった女のコで、そういえば彼女とは、東京駅を深夜に出発する東海道線の鈍行列車(貧乏旅行の若者に人気の列車だった)で一緒に京都に撮影旅行に行ったこともあったっけ。
斜陽館からの帰路の、夜の帳のおりた途中の駅で、列車交換のために停まっているガラ空きの「リゾートしらかみ」のシートに、ボクは、青春時代のボクと彼女のシルエットを、重ねていた。
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- 2006/10/28(土) 00:33:33|
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ボクは、仕事で撮る写真も趣味で撮る写真も、オリンパスのE-300というデジカメ一台でこなしている。
我が家は親父の代からオリンパス党だったし(ボクは十代から二十代にかけて、オリンパスペンFTというハーフサイズ一眼レフや、オリンパスOMシリーズの一眼レフを愛用していた)、ボクは職業カメラマンとしてはあまり裕福なほうでもないので、仕事用にデジカメを一台買わなければならなくなったとき、比較的安価だったE-300に白羽の矢が立ったのだ。
仕事で使うのにカメラ本体一台だけでは万が一のときに心もとないので、予備機の一台くらいも欲しいものだと思っているのだけど、これはこれで結構愛着もあるので、もうしばらくは現役で頑張ってもらわなければならない。
そういった想いであらためてカメラを眺めてみると、ずいぶん表面に傷が目立つようになってきた。クルマの助手席に置いておいて、ブレーキをかけたはずみにドンと床に転がしたりして、取り扱いが大雑把なので、カメラを大事に使っている人に比べたら、ボクのカメラの傷みは早いほうかもしれない。
満身創痍になりながら、健気に働いてくれる可愛いやつなのである。
「お前にも苦労をかけるね」と、ボクは彼女の傷だらけのカラダをそっとさするのだ。
女房と一緒に風呂に入るのが新婚時代から続いている習慣の我が家としては、風呂場で女房のハダカを見ても特別何も感懐は湧かないのだが(良くも悪くも)、しかし、しげしげと彼女のカラダを眺めるに、傷こそないものの、さすがにずいぶんとくたびれた感じのものになってきたなあ…と、思わずにはいられないのだ。
これが、長年連れ添った愛着のある古女房の肢体だからまだいいものの、たとえば彼女が最近出来たばかりのアヴァンチュールの相手で、うきうきした気分でデートに赴き、「じゃ、じゃあ、風呂にでも一緒に入ろっかあ」と、ワクワクしながらあとから風呂場に入っていったときに目に飛び込んできたものがこういう肢体であったら、ボクは思わず、「うわっ!」…と声を上げて絶句してしまうかもしれない。
しかし、それは誰にも罪のないことだ。肉体は、その人のココロを語らない。
肉がたるんできてもいいじゃないか。乳房の形がくずれてきてもいいじゃないか。腹が出っ張ってきてもいいじゃないか。それはその人の、人生の“年輪”なのだから、そういったものどもを全部ひっくるめて慈しんでやりたいものだ。
ボクは、流し場で洗髪をしている女房のハダカを眺めながら湯船につかっているひとときを、けっこう気に入っているのだ。
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- 2006/10/24(火) 02:23:49|
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今日は日帰りで十和田湖まで行ってきたのだ。
ちょうどクルマを修理に出していて、ここ数日は代車の軽自動車に乗っている。
軽自動車で秋田から十和田湖まで行くのは、さすがにちょっと物悲しい。
“業務”だから我慢もするけど、デートだったら絶対考えられないシチュエーションだな。
皆さん、十和田湖や奥入瀬渓流には行かれたことありますか?
比較的近くに住んでいて行こうと思えばいつでも行けるボクの目から見ても、十和田湖は日本を代表する一級の景勝地だと思う。いつ見ても、感動があるんだよなあ。
その十和田湖の西湖畔に十和田プリンスホテルがあって、去年ボクは取材で泊まっているのだけど、静寂の湖畔にたたずむリゾートムード満点のホテルで、ボクは個人的にもとっても気に入っているのだ。
仕事の関係で最低でも年に6回は温泉宿やリゾートホテルに泊まっているけれども、十和田プリンスは、いつかプライベートでも泊まってみたいと思っている宿の一軒なのだ。
ラウンジから外に出ると、きれいに手入れされた芝生がひろがり、その先にすぐ湖水。
ばちばちと写真を撮りまくるのもいいけど、芝生の上のガーデンチェアに腰を下ろして、ぼけーっとただ湖を眺めて過ごすひとときも悪くなさそうだな。
問題は、隣に誰に座ってもらうかだな。
なじみの女性たちの面影を(女房も含めて)、一人一人、思い浮かべてみる。
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- 2006/10/22(日) 00:45:03|
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ボクと女房は、この年代の夫婦としては比較的仲がいいほうだと思うが、それでもまったくケンカをしないわけではない。ていうか、「なんでその程度のことでヘソを曲げるの?」と思わせられるような些細な他愛ないことで感情がすれ違ってしまうことが、まれにある。
恋人同士や夫婦の間におこる感情のすれ違いは、最初はほんの些細なものであることが多いのではないだろうか。前向きに考えて修復に向かおうと思えばすぐに塞がってしまうような、ほんの小さな傷口だ。
ところが人は、一度くさくさした気分になってしまうと、なかなか前向きな気分にはなれない。放っておいてもすぐに塞がってしまうような小さな傷口なのに、わざわざそこに指を突っ込んで傷口を広げて、しまいには収拾がつかなくなってしまうところまでいってしまう。
ボクと女房が長い結婚生活の中で学習したのは、たとえぽっかりと開いた傷口でも、いずれ“自然治癒力”で塞がるものだから、考えすぎたり過敏になったり拙速になったりせずに、まずは放っておけばいい、ということだ。
そこまで達観できなかった頃は、ケンカをしている女房と同じベッドでは寝る気になれず、数日ボクが別室で寝ることもあった。(別室に移るのが女房ではなくいつもボクなのが、ちょっと癪なのだけど)
このごろはもう、全然達観しちゃってるので、どんなに女房が憎たらしいときでも、意地でも同じベッドで寝るようにしている。掛け布団が少しはだけていたら、ちゃんと掛け直してあげたりもする。
(昔だったら、風邪でも引いたらいい気味だと、わざともっとはだけさせたりもしたものだけど…)
そんな風に、傷口のほとりで立ち止まって、その傷口に対しては何もしないで放っておくと、そのうちにいつの間にか傷口も塞がって、また、猫なで声の女房に戻るのだ。
どっちの言い分が正しいかとか、そういう白黒の決着をつけるのが大事なのではなく、なるべく楽しく平和に穏やかに幸せにまったりと生きていきたいための夫婦という関係なのだから、そういう軸足は見失わないようにしていないとね。
ところで、そんな女房との関係において、ボクが他のご婦人やお嬢さんと食事をしたり酒を飲んだりするのは、今では女房の公認のことと言ってもいいくらいなので、後ろめたくもなく、ごくごくフツーの感覚でそういう機会を設けるのだけど、これでもムカシは、どぎまぎと、たいへんな悪事を働いているような気分で、背徳の想いを引きずりながらそのようなコトに及ぶこともあったのだ。
以前の会社勤めをしていた頃のあるとき、一回りほども歳下の女性になつかれて、会社帰りの時間を見計らって携帯に電話が入り、「ちょっと会えないか」と、言われるのである。「ちょっとならいいよ」と答えて、示し合わせてうどん屋に行くことにした。若い女性とのデートなのでちょっとうきうきした気分で、並んでうどん屋に入ろうとしたその刹那、携帯が鳴った。女房からである。こういう時間帯の女房からの電話は他愛ない内容である。「帰りにスーパーで焼き肉のたれを買ってきて」とか、その程度の用事だ。「はいはい、分かったよ。もうちょっとかかるけど、ちゃんと買って帰るから」と答えながら、しかし、今しもデートを楽しもうというタイミングにかかってきた電話には、なんだかこちらの悪事が見透かされたような感じがしてしまって、背筋がひんやり、はなはだ心臓に悪いのである。
今日、仕事で外を走っていたら、たまたまそのときのうどん屋の前を通りかかり、にわかにあの会社帰りの夕方のことが思い出され、ちょっとばかり胸がキュンとしたのであった。
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- 2006/10/21(土) 01:46:08|
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今このブログを書いている瞬間の自分の格好を見直してみて、ボクは夜中に一人で吹き出してしまった。
今日は少し疲れていたので、晩酌を楽しんだあと2時間ほど眠り込み、それから改めて起き出して風呂に入ってパジャマに着替え、いつものように残務整理的な夜中のデスクワークに取りかかったのだけど、この頃の秋田の夜はかなり肌寒く、パジャマだけでは心もとないので、その上にぼろぼろの薄手のデニムのシャツを羽織った。
このシャツは、さほどの衣装持ちではないボクの服の中でも、ことさら貧相なイメージの衣装なので、あまり着る機会はないのだけれど、今夜は何となくこれを羽織りたいなと思い、わざわざクローゼットの奥から引っ張り出したのだ。
なぜ苦笑したのかというと、実は今からちょうど1年前の今頃、ボクはビデオの仕事で小型ビデオカメラを担いで単身ニューヨークに行っていたのだ。
マンハッタンのあちこちを汗と埃まみれになって走り回らなければならなかったし、観光でもないので、あえておしゃれな服ではなく作業着的な服を着ていこうと選んだのが、このデニムのシャツだったのだ。
「そういえば1年前の昨日今日あたりはボクはニューヨークにいたのだなあ」ということを、ついさきほど思い出したばかりだったのだけど、そしたらなんと、偶然にも今夜のボクはそのときと同じシャツをパジャマの上に羽織っているのだ!
そのへんにあった服を羽織ったのではなく、わざわざクローゼットの奥から引っ張り出してきて!
これって、偶然過ぎない?
なんだか、いたずら好きな神様の仕業みたいな感じもする。
ニューヨーク渡航一周年のメモリアルな夜に仕組んだイベントとして…
ボクは、信仰はないのだけど、ときどき、神という概念を想うときがある。
たとえば、仕事で文章を書くとき、自分の日頃の実力以上に早く満足のいく文章を書けたときと、どんなに苦吟してもなかなか文章を書けないときに、ボクは、「文章の神様がついていてくれた」「文章の神様に逃げられた」…というような思い方をする。
立ち直れないくらいの閉塞感に追いやられたときには、「きっと今は神様がボクを試しているのだ。ボクがここ一番を踏ん張れるかどうかで、手を差し伸べようかどうか、神様は見極めようとしているのだ」…と考える。
恋、あるいはそれに類するようなことでの迷いのときにも、「こういうときはどうすればいいと思う?」と、神様を相談相手にして、「うーむ、そうだねえ…」と、神様が言ってくれそうな意見を頭の中に思い浮かべて、それに従うのだ。
おおむね、それで大過なく、なんとか今までやってこれた。
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- 2006/10/19(木) 02:49:06|
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実は、10月10日の記事に書いたA子に、手紙を出してみたのだ。
今さら…という思いもあったのだけれども、せっかく連絡先が分かったのだから、せめて今の消息、元気でいるのかどうかだけでも、知りたかった。
はやる気持ちをおさえて、つとめて淡々と、“卒業以来、はじめて連絡先が分かったので懐かしくなって手紙を書いてみました。元気でいるのなら何よりです”…といったことを、短めの手紙にまとめて出してみた。
無視されて返事が返ってこない、あるいは、行間に困惑の色が漂うような返事があることも予想したけれども、今日届いた便せん1枚の短い返信には、思いがけない手紙をもらって驚いたこと、20代半ばで結婚して娘が一人いること、病気がちな半生だったけれども今は“逞しい母ちゃん”をやっていること…などが書かれていた。
この手紙が届くまでは、ボクの中では、四半世紀あまり昔の、二十代前半のころの彼女が生き続けていたわけだから、そのころとはかなりイメージの違う自称“逞しい母ちゃん”になった今のA子像に、ボクの中のデータを書き換えることになるわけだ。
あと一回だけ、手紙を出そうと思う。
「今でもあなたのことを想っています」などと書くのは重すぎるだろう。迷惑かもしれないだろう。
「元気でいるのが分かってほっとしました。病気がちだったそうだけど、手紙の文面から察するに、気力までは萎えていないようなので、これからもその調子で、はつらつと人生を楽しんでいきましょう」とでも、短い文章にまとめることにしよう。
一度会ってみたい気持ちもないではないけれども、彼女の幸せのためにボクに何が出来るか、何もしないことが一番の彼女の幸せなのなら、ボクからのアプローチは最小限にとどめるとしよう。
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- 2006/10/17(火) 01:53:49|
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1年間に渡って隔月で都合6回のシリーズとなる雑誌広告の制作に携わっている。
制作チームは、津島とデザイナー氏と広告代理店営業マン氏、クライアントの担当者。それに、ロケ地近くの駅までモデル事務所所属の若くて美しいモデルさんに出向いてもらって、駅でモデルさんをピックアップしてロケ現場に向かい、1日がかりで撮影を行うわけだ。
昨日はそのシリーズ2回目のロケ。
我々はデザイナー氏の運転するクルマでモデルさんとの合流場所に向かった。
同じメンバーでの現場も二回目となると、お互いに少しは気心も知れ、最初のころの緊張感も薄れて、和気あいあいとした空気の中でロケは順調に進むのだ。
モデルさんは、確かに若くて美しい穏やかな印象の女性だ。営業マン氏は、昔つきあっていた女性に面影が似ている…と、ちょっとばかり彼女のことを気にかけている様子だった。
そして、昨日のロケの休憩時間に、ふとした雑談の中から、彼女が結婚していて子供までいることが分かった。彼女はそのことをことさら隠していたわけではなく、今までは聞かれなかったから答えなかっただけで、我々のほうが単純に独身だろうと思い込んでいただけだったのだ。
津島は、個人的には、彼女が既婚者だったからといって特に驚くこともなく、むしろ一層親しみを感じるくらいなのだが、営業マン氏は、いささかショックを覚えたような様子だった。
無事にロケを終えて、駅で彼女を降ろしたあとの帰路のクルマの中で、「はあ、それにしても、彼女が結婚していたとは思わなかったなあ」…と、深いため息の営業マン氏であった。
おいおい、きみだって妻子がいる身の上なのに、何をそんなに落胆しているのだ?!
男ゴコロとして、美しい魅力的な女性が他の誰かのモノ(モノという言い方は失礼だけど)とはっきりするのは、やはりなんとなくショックなのかな。
「独身だろうと人妻だろうと、分け隔てなく同じくらい優しい気持ちで接してやれよ」と、帰路のクルマの後席のボクは、心の中でそっとひとりごちるのだった。
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- 2006/10/14(土) 01:52:55|
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鉄工所を取材して回っている今の仕事は、単に工場内で写真を撮るだけではなく、社長や総務担当者から会社の歴史や得意分野、今後のビジョンなども口頭で話を聞かなければならない。
当然ながら、社長にもいろんなタイプの人がいて、非常に物腰が柔らかかったり、「写真は好きなように撮ってください」とうれしいことを言ってくれたり、逆に、来客である私を前にしてふんぞり返っていたり、中には、少し意外なことに、女性の社長さんもいたりするのだ。
鉄工所という、どちらかといえば“男の仕事”というイメージのある会社を、女手で切り盛りするのも大変だろうなと、心の中で思ったりするのだ。立ち入ったことまでは聞かないけれども、前の社長であった旦那さんが亡くなって妻として経営を引き継いだ人であったり、父親から経営を引き継いだ人であったりする。例によって“男と女”ということで考えてしまう津島としては、にこやかに会社の概況を説明してくれる女性社長の話に耳を傾けながら、内心、“会社の経営も大変だろうけど、このヒトは、オンナとしては幸せな人生を歩んできた人なのだろうか”…などと、つい余計なことを想像してしまったりするのである。
人前でもちょっとふんぞり返りがちなタイプの社長と話をしているときに、唐突に彼の口から出た言葉が「おなごとおなず」、だった。
標準語に直訳すると「女と同じ」という意味だが、言わんとすることがすぐに理解できて、「ははは、そうきたか」と、ボクは微笑したのだった。
「鉄工製品に対する顧客のニーズは多様なので、一つのものばかりつくっていればいいわけではなく、バリエーションを持たせなければいけない。それは女でも同じでしょ? 少し太めなのが好きな男もいれば、やせ形が好きな男もいる」…というようなことを、彼は言いたかったのだ。
「仕事の話をしているのにオンナのたとえでくるとは、この社長、オンナ好きだな」…と、津島はにわかに断じたのであった。酒を飲むときはきっと、おねえちゃんのいる店にもっぱら足が向くタイプなのだろう。(などと、勝手な想像ばかりしているのだ)
もしかしたらそれはある意味幸せなことなのかもしれないが、彼のライフスタイルは、(言葉の端々から感じ取れるものとして)「オンナは男が選ぶもの」という図式で確立しているのかもしれない。ボク自身はむしろ逆で、「オンナから選ばれる男たりうるか」という発想が自分の行動規範になっているのだ。なので、いい悪いというのではないけれども、彼のような人物に出会うと、「ああ、ボクとは違うタイプの男だな」と、思ってしまうのだ。
ボクがもしオンナだったら、自分の押し出しだけで迫ってくる彼のような男はちょっと苦手なタイプということになるが、あれはあれで案外、「そのちょっと強引なところがステキ♪」などと、飲み屋系のおねえちゃんなどにはもてたりするのではないかと、勝手に想像したりするわけだ。
ボクは、乙女座のO型なので、生まれつき、攻めの恋は出来ない体質なのだ。
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- 2006/10/12(木) 00:24:05|
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しばらく前に、卒業した写真専門学校の校友会報が届いていた。
写専時代は、ボクの想い出に残る青春の1ページだったけれども、学校自体については、なにせ卒業がもう四半世紀以上も昔のことだし、ことさら“我が母校”といった想いもなく、校友会報が届いても、開封することもなくしばらくの間、他のDMや請求書などと一緒に机の隅に積んでおくのが常だった。
休日に空き時間が出来ると、おもむろにその手紙の山に手を伸ばして、一通り目を通しておくべきものと捨ててしまうものとに分類するのだ。
校友会報は、特に読むべき内容もなく、ぱらぱらとページをめくって、すぐにゴミ箱行きになっていた。
その、ページをめくる手が、今回は止まった。
卒業生の就職先や近況を伝える短信のコーナーに、思いがけない人の名前を見つけたのだ。
(有)○○山荘 △△A子
名字こそ違うものの、A子といえばボクのクラスメートの名前だ。そして、まさしく彼女のお父さんは○○山の山小屋を経営していた人だった。
してみると、彼女は、結婚して今はお父さんの仕事を手伝っているのだと推測できるのではないか。
A子は、写専時代のボクのもっとも親しいクラスメートの一人だった。よく一緒に酒を飲み歩いたし、京都に一緒に撮影旅行に出かけたこともある。午前の講義と午後の講義の間が少し空いていたので、二人で学校を抜け出してビヤホールでビールを飲んで、二人して午後の講義をほわんほわんとした気分で受けたこともあった。ボクに金がないときは彼女が飯をおごってくれて、食べ終わったあと「あたしがおごるから、払うのはあなたから払ってね」と、そっとボクに金を渡してくれたりするのだった。
彼女は、ボクの青春の“共犯者”だった。
写専の卒業式の日に、秋田に帰ることが決まっていたボクと、滝野川のボクのアパートの最寄りの駅前の居酒屋で二人でビールを飲んで、「じゃあな、元気でな」と手を振って別れたのが最後だった。
元気でいるかな。まだ写真をやっているのかな。幸せでいるのかな、と彼女を思うことはあったけれども、その後彼女の消息を知る機会はなかった。
○○山というのは比較的有名な山なので、ネットで調べてみると、登山関係の情報としてその山小屋の名前も散見された。それらの断片的な情報をジグソーパズルのようにつなぎ合わせると、彼女のお父さんは何年か前に亡くなられていて、山小屋の経営は結婚した彼女のご主人が引き継いでいる…ということのようであった。
そして、その山小屋への郵便物の取次先として、彼女の住所までネットで分かってしまった。
ああ、A子は今そこに住んでいるのか…
心底、懐かしいと思うのである。
手紙でも出してみようかな。彼女も驚喜して懐かしがってくれるだろうか。
それとも、今更という感じで迷惑がられるだろうか。
あるいは、ボクが懐かしいと思うほどには、彼女には特に感懐もないだろうか。
四半世紀余りもの時間が、二人の間に、横たわっているのである。
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- 2006/10/10(火) 01:13:14|
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この一週間、どこで寝たかを、つらつら思い返してみた。
土曜日 岩泉市
日曜日 自宅寝室
月曜日 長崎市
火曜日 諫早市
水曜日 福岡市
木曜日 自宅寝室
そして昨日の金曜日だ。
この日も何事もなく自宅寝室で寝ることになっていたはずだったのだが、夜中にふと目覚めたら、そこは寝室ではなかった。
自宅には間違いなかったが、仕事部屋の隣の洋室のソファの上だった。
酒を飲んで帰ってきて、仕事部屋でメールチェックしたあと、急に睡魔が襲ってきて、吸い込まれるようにソファに横になって、そのまま深く寝入ってしまったのだろう。二階の寝室にはたどり着けなかったのだ。
夜中に目覚めたのだけど、面倒なので朝までそのままソファで寝ていた。
たまに寝るソファは、あれで案外寝心地のいいものである。
昨夜は若いお嬢さんと二人きりで飲んだ。
夏のうちから約束していたのだけど、お互い時間のやりくりがなかなかつかず、「やっと時間が出来たので」という彼女の申し出で急に決まった酒席だった。
例によって津島流の恋愛論などを開陳し、上手くいかなかった今までの彼女の恋愛の敗因について語り合ったりしたのだった。
彼女によれば、以前つきあっていた彼氏に浮気をされて、彼女はそれが許せなかったのだと言う。
津島は、「浮気がどうのこうのというより、自分たちの関係を盤石なものとすることにエネルギーを注ぐことじゃないか」などと言うのだけど、若い彼女には、まだそこまで達観して見られないのもやむを得ないことなのかもしれない。
「しかし、浮気は許せないと言いながら、きみはこうやって妻子ある年上の男性を酒の席に誘い出してオトコに浮気の種を植え付けているのだぜ」と津島。
「あたしはいいのよ」と彼女。
「矛盾してるじゃないか」と津島。
「矛盾してるのよ」と彼女。
そんなとりとめもない話で、からからと笑い合いながら、二人で焼酎のボトルを一本あけたのだった。
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- 2006/10/07(土) 16:22:34|
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よその土地の者が長崎の街を歩くと、とんでもない山の斜面を埋め尽くすように家が建っていることに、ちょっと驚き呆れてしまう。
何が哀しくって、こんな坂道の上の山のてっぺんに家を建てなければならないのか。
歩くのが億劫なボクは、こんな土地に住んでいたら、だんだん家に帰るのが苦痛になってしまうかもしれない。
何が哀しくって…という感慨は、たとえば東京の下町辺りを歩いているときに、何が哀しくってこんなせせこましい土地に隣の家の壁にも手が届くほどにびっしりと、陽の差し込まないような家を建てて暮らさなければならないのか…という想いにも通じる。
もっとも、そういう感じ方は、たとえば暖かい土地に住んでいる人が極寒のときに秋田を訪れたら、「ここの人たちは何が哀しくってこんな寒いだけの土地にしがみついているのだろう」というように、やはり感じてしまうのかもしれない。
よそ者からすると考えられないことでも、地元の人間にはあまり気にならないことも、あるのかもしれない。
山のてっぺんに家を建てる長崎の人たちも、「平地がないんだから仕方ないじゃん」とか、「みんなそういう家の建て方してるし」…みたいな感じて、当事者としては特に気にもかけていないのかもしれない。
おもしろいな、日本は。
さて、明日は島原からフェリーに乗って火の国に向かいます。
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- 2006/10/04(水) 00:38:51|
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昼には秋田の自宅にいたのに、12時間後には日本の西の果てに来ています。
たいへんなドジをやらかしてしまいました。
ここまで来るのに、安い航空チケットを手配したので、秋田空港ではなく新潟空港から出発したのだけど、ボクは漠然と、「秋田から新潟まではおよそ200kmで、ゆっくり行っても5時間コースだな」と踏んでいたのだけど、それは大きな勘違いで、実際は250km、ゆっくり走ったら6時間以上はかかってしまう距離です。6時間かけてたら飛行機の出発時間に間に合いません。
こりゃ、下手すりゃ最悪の事態になるなと、脂汗がたらたら流れて来たのでした。結果的に無事に予約を入れていたホテルに滑り込んだのでギリギリセーフだったのだけど、まったく、自分のアバウトさにははらはらさせられます。
10月の旅にはいつもアクシデントがつきまといます。
去年は、初めての単身外国旅行(仕事)でニューヨークに行ったのだけど、深夜にJFK空港に着いて、地下鉄でマンハッタンに向かい、それからバスに乗り継いで宿まで行かなければならないところ、地下鉄で降りるべき駅を乗り過ごしてしまい、それからはもうパニック。やっとこさ最終のバスに乗れたのだけど、どうも教えられた道とは違う感じのところを走っている。こりゃやばいってんで途中で降りたのだけど、人もクルマも通らないどことも知れない真夜中のダウンタウン。ここはどこなんだ、オレはどこへ行けばいいんだ…、気が狂いそうになっていました。
結果的には、予定より数時間遅れて、明け方近くに宿に入れたので、このときもギリギリセーフだったのだけどね。パトカーに送ってもらったおかげで…。
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- 2006/10/03(火) 01:34:14|
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一週間ほど別の予定が入るので(明日からはちょっと旅に出る)、鉄工所巡りは暫時中断中だけど、ノルマとしてはまだ十軒あまり残っている。
いいなあ、ものをつくる仕事。
ものをつくる仕事に黙々と取り組んでいる男たちが、なんだかとってもカッコ良く見える。
もっとも、そんな「男たちの仕事場」に、まれに女性の姿も見かける。お姉さんだったりおばさんだったり。
それも、“男の仕事の補助”などではなく、彼女たちもちゃんと一人一人責任を負う仕事を任されているのだ。
みんな、いい顔してるよなあ。
今の時代は、単純作業であれば派遣で間に合わせられるけれども、溶接とか鋳物とか、どうしても熟練の技に頼らなければならないところも少なくないようだ。
ある鉄工所には70過ぎのおじいちゃん溶接工がいて、普通だったらとっくに定年退職で隠居暮らしの歳だけど、「あの人でないとできない仕事もあるんです」と、会社が辞めさせてくれないのだ。
仕事であれ趣味であれ(あるいは、“恋”であれ)、生涯現役でいられたら何よりだね。
テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真
- 2006/10/02(月) 00:52:56|
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