津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

本音で話せる相手

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津島には、女友だちが何人かいる。
“女友だち”とは何か?
“恋人”ではないのか?
女友だちは、恋人よりは下の(あるいは、軽い)関係なのか?
“友だち”というカテゴライズに津島がどんな思いを込めているかといえば、“本音でつきあえる相手”ということになるのだと思う。
セックスは、まあこれでも現役の男だから、したくないわけではないけど、セックスが出来るかどうかという基準で女性と親しくなりたいのではなく、腹を割って本音で話が出来るヒトと出会うことに、津島はちょっとした妙味を覚える。

たとえばこんなことがあった。
ある女性は、会社の上司と恋愛関係にあった。上司には家庭があった。
その家庭は破綻状態で、いずれは離婚して女性と晴れて結婚することをほのめかしたりもしていた。
女性は、上司が必ず離婚して自分と結婚してくれることまでは望んでいなかったけれども、それでも上司のことを愛していたから、このまま子供はつくらずに(上司の今の家族のことを思い図って)、ずっと上司のそばで生きていく覚悟をしている。
ところが、次第にこの二人の間には微妙な温度差が生じる。
彼は相変わらず通ってきてくれるのだけれども、心底大切にしてくれているといえるのかどうか、少し分からなくなってくる。
彼女は、このまま彼に殉じるような生き方をしていいのか、あるいは、今だったら彼との関係をリセットして自分の人生をやり直せるのか、少し気持ちに迷いが生じ始める。
彼女の中に芽生えた迷いは、とりもなおさず、“本音的なカタチ”では彼と心を通い合わせられていないために湧いてきたものだ。

こういう恋は、男女の関係は、悲しい。少し、未熟な関係と、いえるかもしれない。
ちなみに、彼女が激しく苦しんでいるときに、津島はずいぶんと彼女とメールや電話をやり取りして、彼女の愚痴を聞いてやったり、「オレだったらこう思うよ」などという意見をしたりもした。
津島は内心、「彼よりも、オレとの間のほうがよっぽど本音で言い合える関係じゃないか」などと苦笑したりもしたのだ。

本音でものを言い合える者同士が寄り添って生きていけるのが、ほんとうは一番理想的で幸せなことなのだ。
ところが現実には、長く一緒にいる夫婦の間でも、本音で心を通わすことが出来なくなってしまうケースが少なくない。
いつから、なんでそうなってしまったのか。悲しい運命。
心が通わなくなったパートナーとは、別れてもう一度人生をやり直せたらすっきりするだろうけど、それも現実にはなかなか難しく、されば、パートナーとの関係は継続しつつ別に本音で語り合える“友”を見つけることが、次善の策といえるのかもしれない。

ちなみに、津島のところの夫婦関係は、比較的本音で語り合える“友だち”のような夫婦関係だと思っている。


- 本日の写真は、乳頭温泉郷・鶴の湯温泉です -

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  1. 2006/09/29(金) 23:14:52|
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1ギガの買い物

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ボクのカメラには、512メガのコンパクトフラッシュが入っている。
これ一枚でおおむね80カット以上は撮れる。
ボクの今までの写真の撮影ペースでは、これで一日事足りていた。
温泉の取材など、二日以上にわたるような撮影のときなどは、夜になったら持参したiBookにデータを落とし込んで、翌日は空になったCFでまた撮り始めればいいわけだ。
ところが、最近は一日のうちに80カット以上撮るような機会が増えてきた。カードを何枚も持っていればいいのだけど、なにしろ貧乏カメラマンだから、できれば512メガのカード一枚でやりくりしてしのぎたいと考えている。
広告の仕事で同行者がいるときなどは、「すみません。メモリーが一杯になったので一旦PCに落とします」と告げてブレークタイムにするのだけど、80カットもPCに落とすとなると、これがまた結構時間がかかる。「まだかよ」と言いたげな目線がぐさぐさと突き刺さってくるような感じがする。
来月中旬にはまた泊まりがけの温泉の取材と、クルマの広告のロケがある。その前には、半分取材半分遊びで、プラッと長崎と熊本に行ってくる。512メガ1枚で写真を撮っていくのは、さすがにちょっと辛くなってきた。
ということで、夜中に衝動的にネット通販で1ギガのCFを買うことにした。クレジットカードで決済したので、真夜中なのにあっという間に買い物が済んでしまった。CFくらい、秋田でも買えないことはないのだけど、ネットで買ったほうが、送料やクレジット手数料などを含めても、秋田の家電量販店から買うよりも半額から5千円安くらいで買えてしまうのだ。
田舎暮らしは好きだけど、同じ品物でも東京で買うより秋田で買うと数千円も高いというのには、ちょっと複雑な気分になる。

そういえば、何年か前、「ちょっと東京に買い物に行ってくる。秋田じゃ手に入らないものがあるんだよ」…という“口実”で、上京したことがある。
別に、特に欲しいものがあったわけじゃないのだけど、そういう口実で上京した手前、秋葉原でアリバイ用に何点か買い物をして秋田に帰ったのだった。
本当は何をしに東京に行ったのかって?
さーて、何をしに行ったんだっけかなあ…

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  1. 2006/09/28(木) 02:14:02|
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網膜に半透明のフラッシュバック

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いい天気だった。
今日も取材で、クルマで1時間ほどの町まで行ってきたのだが、約束の時間にはまだ余裕があったので、海沿いの道を、あとから来るクルマにビュンビュン追い越されるくらいのスピードで、のんびりと走っていた。
ああ、いい天気だなあ。気持ちがいいなあ。
そういえば…と、唐突に古い記憶が蘇ってきた。
いつかの、こんなに天気のいい日の昼下がりに、ボクは助手席に誰かを乗せてこんな海沿いの道を走っていなかっただろうか。
その頃の二人は、ときめきの季節を過ぎて、穏やかな平和の季節に入っていたのだと思う。
会話が途切れてしまっても、その静寂を楽しめるゆとりが、二人にはあった。
しかし、そんな風にして二人でこんな道を走ったのは、何年前のことだったろう。
あまりに時間が流れてしまって、それが本当に在ったことなのか、あるいは、本当に在ったかのように頭が虚構の記憶を生んでしまっただけなのか、判然としないほどだった。
いや、本当に在ったことなのだ。あれは、ボクには幸せで楽しい想い出なのだ。あのときのあの人もきっと幸せで楽しかったはずなのだ。
そう思いたくて、フロントウィンドー越しに進路を凝視しながら、網膜には、あの日の彼女の姿を、半透明の映像で繰り返し繰り返しフラッシュバックさせるのだった。

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  1. 2006/09/26(火) 00:24:38|
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思わせぶり

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携帯に、メールが入る。
他愛ない用件で確認を求めるだけの内容だが、その言い回しの行間に、なんだか微かな“思わせぶり”のトーンを感じてしまう。
それとも、そんな風に感じてしまうのは、ボクの考え過ぎなのか。
今までと同じ距離感で、「これからもよろしくね」といった程度のニュアンスなのかもしれないが、もしかしたら、「ちょっとだけ距離を縮めたい」…という意味なのかと、ボクは穿ってしまうのだ。
トクベツな想いがないのなら、思わせぶりともとれるメールは書かないことだ。こちらもちょっと、ムズムズした気分になってしまうから。
  1. 2006/09/24(日) 20:40:07|
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ネットで出会う、ということ

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ネットを通して見も知らぬ人と知り合って、オフ会などに参加したことのある人なら分かるだろうが、ドキドキしながらオフ会会場に行ってみると、まるで古くからの大親友との再会のような(ちょうど、クラス会のような雰囲気もある)最初から和気あいあいとした空気になってしまうことに驚かされることがある。
ボクも、地元秋田にオフ会仲間がいて、今となってはほんとうに彼ら彼女らとは大親友の間柄だ。
ときどき声を掛け合って飲み会をやったり、春は花見、そして秋には、これは秋田独自の行事だと思うが「鍋っこ」というのがあって、その「鍋っこ」に繰り出すのだ。
「鍋っこ」というのは、仙台や山形の名物の「芋煮会」の秋田版で、いわば、アウトドアでの鍋パーティ。鍋の中身は、当然秋田名物のきりたんぽだ。
秋田では、10月にもなると、天気のいい週末には川原や野山のあちこちに「鍋っこ」のグループが大挙して押し掛ける。職場の仲間、サークル、町内会など、秋田では10月になると「今年の鍋っこはどうするか」という話で持ちきりになるのである。今はどうだか知らないけど、ボクらの小中学校時代は、秋の遠足は「鍋っこ遠足」に決まっていたほど、秋田では秋の定番行事なのだ。
我々オフ会仲間の鍋っこも、大いに盛り上がる。子連れで参加するメンバーもいて、その子供同士がまたすぐに仲良くなって、じゃれ合いながら一緒に遊んでいる光景というのも、ほのぼのと心地よいものである。
ネットで知り合っているわけだから、気持ちの上ではどこか共通項があるものの、性別も年齢も違う混成チームのようなメンバー構成だ。「どういうお仲間なんですか?」と聞かれて、「インターネットで知り合った仲間です」と答えると、一様に驚かれる。ネットなどという“空虚”な世界で、こういう古くからの仲間同士のような関係が築かれるというのが信じられないようなのだ。
確かに、こういうことは、体験したものでないと分からない世界ではあるかもしれない。
ネットがこんなにも人をつなげる力を持っているのだとしたら、当然、そこからは“恋”のようなものも芽生えてくる(らしい)。
仲間どころか、ネットでガールフレンドをつくった男もいる(らしい)。
出会うはずのない者同士が出会ってしまった運命に心揺さぶられている者もいる(らしい)。
まぁしかし、出会いのきっかけはどういうことであってもいい。
平和に穏やかにスマートに、出会ったことでお互いの人生が一層豊かになるような、幸せな関係を築けばいい。
「出会わなければ何も問題はなかった」などというような、つまらない出会いにしてはいけない。
  1. 2006/09/21(木) 01:49:48|
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人々が愛し合ったり殺し合ったりしている、その空の上では

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暑くなったり寒くなったり、晴れたり嵐になったり、人々が愛し合ったり殺し合ったりをしているその空の上では、今日も決まった時間に東のほうから闇を切り裂いて光が差し込み、やがて西のほうに光がしぼんでいく。
朝に陽が昇らない日はないし、夜に陽が沈まない日もない。
この飛行機が飛ぶ4万フィート(12000m)の上空から地上の人を見れば、芥子粒どころか、無いに等しいような存在。
であるならば、どうせ芥子粒以下のボクたちは、なるたけ穏やかに、なるたけいがみ合わずに、なるたけ争わずに、なるたけ嘆かずに、なるたけ愛し合って、そしていつか朽ちて、宇宙の腐葉土になっていけばいいのだ。

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  1. 2006/09/20(水) 01:27:46|
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大宮を過ぎるまでは

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東北新幹線も、高速バスも、走っていない時代だった。
東京から秋田に帰省するといったら、交通手段はまず夜行列車しかなかった。
アルバイトをして多少フトコロにゆとりがあるときは奮発して昼間の特急で帰ったこともあったけれども、たいていの場合は夜行列車だった。
夜行列車といっても、寝台列車ではない。鉄道用語でいえば「旧型客車」、大井川鉄道でSLに牽かれて走っているような古い客車に、夜通しごとごと揺られて翌朝の秋田をめざすのだ。
オフシーズンであれば、それでも二人分のシートを独り占めして横になって少しは眠っていくこともできたけれども、盆や正月の帰省シーズンになると、座席は満席になり、座れるだけでもラッキーで、リクライニングでもない垂直の背もたれに背中をあてたまま、自分でも寝たんだか寝てないんだか分からないような状態で呆然と秋田に帰ってくるのだ。
その列車は「急行・津軽」と言ったけれども、オフシーズンであればあの寝苦しい夜汽車の旅も、そんなには悪くなかった。
あの独特の長閑な構内アナウンスが流れる中、夜も更けてから上野駅の地上ホームを発車した津軽は、ポイントを越えるごとにぐらぐらと左右に身をよじらせて、これから10時間もかけて秋田に向かうのだ。
ボクは、列車の車窓の風景が好きだった。鉄道の旅をするときに、文庫本を一冊持って旅の間に読み終わるか、それともずぅっと窓の外の景色を飽かずに眺めているかといったら、ボクは後者を選ぶ。
後ろに後ろに流れていくトーキョーの街の灯り。
ボクは、上野駅のホームで駅弁と缶ビールを買っている。だけど、大宮を過ぎるまではそれには手を付けない。
一駅も過ぎないうちは、旅を始めたことにならないような気がするからだ。
腹も空いて、のども渇いているのに、大宮を過ぎるまでは駅弁も缶ビールもおあずけだ。

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  1. 2006/09/19(火) 01:42:42|
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AMANOJAKU

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女子の方におたずねしたい。(男子は男子の立場でお考えください)
あなたが異性(夫でも恋人でも愛人でも友人でも構わないが)と二人きりでファミレスのような店に入って、向かい合わせにテーブルについて、どちらかが壁を背中にして座るような場合、壁を背にしているのはあなただろうか、お連れ合いだろうか。
ボクだったら、ほぼ100%、同行した女性のほうを壁側に座ってもらう。

昔、友人とこんなやりとりがあった。
彼はプレイボーイで鳴らしていて、まだ恋を楽しむ余裕もないボクたちに、いろいろとオンナのあしらい方を指南してくれるのである。
たとえば、彼女と二人で喫茶店に入ったとき、彼は、何はさておき自分が壁側の席に座るというのだ。
なぜならば、そういう座り方をすれば、同行の女性には自分一人しか視野に入らない。つまり、彼女の意識、視線を独り占めできる、と言うのだ。
なるほど、理屈では確かにそうだね、と思いつつ、「オレだったらやはり逆に座りたいな」と思ったのだった。

映像や写真の世界では、「ヌケがいい」という言い回しがある。
衝立てか壁のようなものが視界の大半を占めているようなシャシンよりも、はるか遠くまで見渡せるようなシーンのほうが気分的にもスキッとするのだ。
衝立てや壁の写真も、それがモチーフとして価値あるものであれば悪くはないのだけど、そういうのばかりだと、なんだかちょっと窮屈な気分になってくる。そんなときに、「このあたりでちょっとヌケのいい絵が欲しいねえ」とか、「お、この絵はヌケがいいねえ」…なんて“ヌケ待望論”が出てくるのである。

プレイボーイの友人から座る席の話を聞いたとき、ボクは正反対のことを考えていた。
確かにこちらが壁側に座れば、彼女の視線や意識を独り占めすることが出来るだろうけど、彼女の目に映る絵はすこぶる“ヌケが悪い”。壁とボクしか見えていないのだから。
あまのじゃくなボクは、そうまでして女の子にもてたいとは思わないや…と、考えていたのだった。
壁側に座ったほうが断然視界のヌケはいい。
ボクだったら、女の子のほうに、ヌケのいい席に座らせたい。
もしそれで彼女の意識が散漫になったり他に目移りして恋がうまくいかなかったとしたら、それはもうそれまでのことだ。そんなところでじたばたしてまで恋を小細工したいとは思わない。

さて、あなたのお連れ合いはどちらの席に座る人か。あるいは、あなたをどちらの席に座らせようとする人か。
これは、ちょっとした性格判断に、なるかも。

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  1. 2006/09/18(月) 03:29:59|
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不器用

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バイオリズム、のようなものなのだろうか。
ときおり、ひどく不器用な人間の自分になってしまう。
完全に気持ちの整理のついたはずのヒトがまた脳裏に蘇ってきたり、なんとかなるはずの小さな問題にまで押しつぶされそうになって、おろおろとうろたえてみたり。
雑踏の中にいるほど孤独を感じてしまうような、そんな感じ。
経験則で、こんなことは一時の気の迷いですぐにけろりとしてしまうことは分かっているし、今までだってそうしてきたのだけど、何かの後遺症を抱えて生きているかのように、ときどき胸の中に鈍痛が蘇ってきて、それが鎮まるまでの少しの間、ボクは生気を失う。

暗い顔をしていれば心配してくれるヒトがいる。
だから、「ううん、なんでもないんだ。だいじょぶ、すぐに元に戻るから」と、強がってみせる。

ああ、そういえば、「おじゃる丸」の原作者が亡くなったみたいだね。
残念なことでした。すうっと、空気が抜けて人生がしぼんでいく感じだったのかな。
何年くらい前だったか、ボクはひどく低迷していた時期があって、仕事も極端に減って、営業をしなければならないと感じていてもその気力も湧かず、腰を上げられない自分に失望していっそう落ち込んでいくという悪循環だった。
女性に更年期があるように、これは、ヒトを無気力にしてしまう“男の更年期”というものなのかもしれないと自分で自分に病名をつけて、することもないから、夕方になるとテレビをつけて「おじゃる丸」を見ているしかなかったのだった。
あれだけでも、ボクはずいぶんと救われたのだけどな。

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  1. 2006/09/16(土) 02:25:09|
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Autumn In New York

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日中は遠くまでクルマを走らせて取材して、夜は自宅で明け方まで原稿書きというパターンを二日続けたら、さすがに疲労困憊となって、14日は特に取材の予定もなかったので、午前中の用事を済ませたあと、午後からは少しさぼることにして、ベッドに横になってビデオでAutumn In New Yorkを観ることにしたのだった。

その疲労のピークの中で誕生日を迎えてしまったので、せっかく女房がワインを買ってくれていたのに飲む機会を逃していた。
そんなわけで、今日は昼間からひとりベッドに横たわって、白ワインをちびちびやりながらビデオでリチャード・ギアとウィノナ・ライダーの芝居を観ていたのである。

そんな優雅なビデオ鑑賞会を始める前、午前中は所用で、一緒に社会活動をしている女性(古くからの友人でもある)と行動をともにしていた。
スーパーの駐車場で合流し、彼女がこちらのクルマに乗り移って所用先に向かったのである。
「これって、どう見たって不倫カップルの示し合わせ方だよな」と、ボクたちはクルマの中で声を出して大笑いしたのであった。
実際、ボクらのどちらかを知っている人、あるいは、ボクらの両方を知っている人がその光景を見たら、見てはいけないものを見てしまったときのようにざわざわとした、胸騒ぎを起こしていたかもしれない。逆に、ほんとにそんなこと(見た人が誤解して勝手にざわざわするような)になったら面白いなと、これみよがしに振る舞ってしまうおとなげない中年男女であった。
その彼女から聞いた話なのだが、彼女と旦那さんはしばしば夫婦でトレッキングを楽しむ。
あるとき夫婦で山に登ったら、その山で夫婦で顔見知りの男性に偶然であった。「あ、どうもこんにちはぁ」と快活に挨拶をするのだが、少ししてから、「彼が連れていた女性、あれは確か奥さんじゃなかったよなあ」などと、夫婦で確認し合うわけだ。
しかしまあ、それ以上は詮索しない。
奥さん以外の女性と山歩きというのが、健康的なんだか不健全なんだか知らないが(津島的には健康的な感じがするが)、それはそれでなんだか、邪魔をしてはいけない世界のようにも、思われる。

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  1. 2006/09/15(金) 01:19:03|
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浮気の件で妻に確かめる

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日曜日に鳥海山の八合目までクルマで行って1カットだけ写真を撮ってくる用事があった。
比較的お気楽な仕事なので、例によって女房を誘って夫婦デートのドライブとなった。
ところが、麓から鳥海山に登り始めるにつれ、“雲行き”が怪しくなってきたのだ。
ライトをつけないと先が見えないほど霧が、いや、あれはもう完全に雲だ。厚い雲の中にどっぷりと入ってしまったのだ。
八合目まで行っても今日は仕事にならないだろうなと思いつつ行ってみたら、そこはさらに厚い雲。夜陰で真っ暗闇というのはなんとなくイメージできるけれども、視界が真っ白で何も見えないというのは、どういうことなのか一瞬理解できなくなる世界だ。
写真のほうは、撮れなきゃ撮れないでしょうがないよねってくらいのお気楽な仕事だったから、さほどショックでもなく、代わりに「雲の中のクルマ」という遊びカットを一枚だけ撮って山を下りて、山麓の温泉に入って帰ってきたのだった。

その車中、僕と女房はとりとめもない会話をしているのである。
女房が、ぽつりと言うのだ。
「○○ちゃんのお母さん、浮気をしているらしいのよ。どうもあそこの夫婦はうまくいってないらしくて。近所の奥さんも『なんかあそこの奥さん、最近、人が変わったね』って」
僕は、「ふーん」と、ぼんやりと聞いているだけだったのだけど、家に帰ってから少し気になって、女房に改めてたずねてみた。
「浮気してるらしい…って言ってたけど、それは確証のある話なのか?」
「確証はないのよ。ただ、状況からしてたぶんそうなんじゃないかって」
ああ、やはりね。噂が一人歩きしてしまうパターンだな。
僕は途中で「本当にそうなのかな」と疑ってみたけど、人によっては「あの人は浮気をしているのだ」という“事実”として受け止めてしまうことも少なくないのでないだろうか。
時々外泊しているみたいだというのが“浮気説”浮上の始まりのようなのだが、外泊しているからといってただちにオトコと一緒だとは限らないわけで(そんな分かりやすい外泊をする既婚女性は多くはないと思う)、むしろ、家の中の空気に耐え切れず同性の友人宅に“緊急避難”しているということだって考えられるのではないか。そう考えるほうが自然だ。
実際、少し昔の話だけれども、うちの女房の友人が夫婦喧嘩をしてうちに避難してきたことがあった。そのときは泊まらずに帰っていったけれども、事情によっては「いいよいいよ、好きなだけうちに泊まっていきなさい」ということになるわけで、そうなったら、ことと次第によっては、「あそこの奥さんはオトコと外泊したのがばれて夫婦喧嘩になってしまったみたいだ」みたいな噂が広がってしまうことにもなりかねない。
その浮気だって、いや、その浮気が事実だとしても、非の打ち所のない旦那さんなのにそれでも奥さんが他のオトコに走ってしまったものなのか、旦那さんとの関係の閉塞感に堪えきれず何かにすがる思いで“外の空気を吸いたくなった”のか、外目にはなかなか分からないことなのだ。
噂は、一人歩きしてしまうから恐い。

休みのたびに二人でふらふらとドライブするようなバカ夫婦関係は楽しいのにな。
そんな風に奥さんと仲良くするのも浮気のカムフラージュじゃないかって?
し、失敬な!
そ、そんなことは、あ、ありませんってば!

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  1. 2006/09/13(水) 04:15:09|
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最後の250ギガ

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今、数をこなさなければならない仕事をしているので、一日に500メガとか1ギガとか、自分としては異常なペースでストックする画像のデータ量が膨らんでいく。
画像はiBookに取り込んでiPhotoで管理しているのだが、今のペースでは数日中にiBookのハードディスクが満杯になってしまう勢いだ。
いずれは大容量の外付けHDDを買わねばなとは思っていたのだけれども、予定よりも少し早めにそのタイミングが来たようだ。で、もうためらってもいられず、深夜にネット通販でクレジットカード決済で買ってしまった。
買ったのは、一つのケースの中に250ギガのHDDが2台入っている機種。
都合500ギガのHDDとしても使えるが、設定によって、ミラーリングで一つのデータを同時に二つのHDDに保存するという使い方もできる。
万が一どちらかのHDDがクラッシュしても、もう一台のHDDがバックアップデータをキープしてくれる。
一般的な250ギガのHDDよりはもちろん高いけれども、かりそめにも写真で食っている人間(そして、趣味でも写真を楽しんでいる人間)としては、画像データの消失は物理的にも心理的にも打撃が大きい。なので、先行投資として、思い切って買ったわけだ。
ボクが写真の仕事をデジタルに移行してから2年ほどにしかなっていないけれども、おおむね、ボクは年間に20ギガから25ギガ程度の写真を撮るペースだ。ということは、250ギガのHDDがあれば、むこう10年ほどはこれ一台で間に合うことになる。
自分の年齢からすると、10年後も今のペースで写真を撮っているということはないはずで、せいぜい、昔撮った写真を眺めながら渋茶でもすすっているような日々だろうから、その意味では、ボクの写真生活で最後のHDDの買い物になってしまうかもしれない。
そういう、自分の将来をも見据えた買い物だったのだけれども、同時に、複数のHDDやフォルダに分散してしまっている画像ファイルを、この際だからこの1台のHDDに全部集約してしまおうとも、思ったわけだ。
仕事で撮った写真や趣味で撮った写真や、女房が写っている写真やガールフレンドが写っている写真や、あるいは、ガールフレンドと写っている写真など、いっさいがっさい、このHDDに入れてしまおう。

自分の中の、いろんなものが詰まっている画像の保管場所だから、少し念を入れて、ミラーリングのできるHDDを奮発したのだった。

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  1. 2006/09/10(日) 01:36:02|
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写りたがるヒト

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ボクは、人物写真は苦手なのだ。
性格がシャイなので(ウソじゃないって!)、絵になりそうな人を見かけても、「すみません、写真を撮らせてもらえませんか?」という一言がかけられない。
プライベートであれ仕事であれ、撮っても撮らなくてもいいというシチュエーションであれば、ボクは撮らないほうを選ぶ。
ただ、“撮らないわけにはいかない仕事”であれば、そこはもう開きなおる。
男たちは勇ましく撮り、女たちは艶かしく撮る。
ボクは今仕事で秋田県内の鉄工場を回っていて、そこで働く男たちの写真も撮っているのだけど、手前味噌ながら、みんな、いい顔をして写ってくれるのだ。ああ、働くオトコたちの顔だなあ…と。

プライベートでは、女房がこの頃妙に亭主に撮られたがる。
きれいな風景の場所に一緒に行くと、「撮ってよ」と彼女のほうから催促してくる。
そうなればこっちは写真家だし彼女の亭主だし、どういうアングルで撮れば少しでも彼女がチャーミングに写るかというのを、かなり真剣に思案する。
そうやって予想外にいい写真が撮れたら、すぐにプリントして「どうよ!」と、自慢げに披露するのである。バカ夫婦である。
あるヒトと一日ドライブをして、もうそろそろお開きの時間だねというとき、「一緒に写真を撮ろうよ」…と、彼女が切り出した。
そんなツーショットの写真なんか、誰彼に見せられるわけじゃないのに、「一緒に撮ろうよ」と、言うのである。いや、やはり、撮っておいたほうがいい写真だったのかもしれない。
ボクは少し昔、親しくしていたヒトと別れたあとに、そのヒトの写真を一枚も撮っていなかったことに愕然とした。きっとその頃は、「撮っても誰彼に見せられるわけじゃないし」…という思いが強かったのかもしれない。
でも、写真は、他人に見せるためだけのものではない。
誰彼に見せられるわけではないけれども、それでも撮っておく…、そういう写真も、あってもいいのかもしれない。

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  1. 2006/09/06(水) 02:58:25|
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ツシマノシゴト 7

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『父の見立ての揺りかご』

 東京都渋谷区に在住のN子さんには、同い年のお兄さんがいる。つまり、二人は双子。ご両親は学生結婚だった。結婚してまもなく、N子さんたちが生まれた。若い新婚夫婦にとって、双子の育児は大変だった。特に、二人は寝ぐずりがひどかったという。揺りかごで揺すってやるとどうにか寝入るのだが、なにしろ双子だから、一人がむずかるとせっかく寝入った一人もまたむずかってしまい、さりとて小さな揺りかごに二人同時に寝かせるわけにもいかず、お母さんは疲労困ぱいだった。それを見かねたお父さん、何かいいものはないものかと、新宿の小田急ハルクに出かけていった。
 そこで見つけたのが、若い新婚夫婦には少し不釣り合いな立派なロッキングチェアだった。値段もなかなかのものである。しかしお父さんは迷わずそれを買った。大振りの座面は、赤ちゃんを二人寝かしつけるにはちょうどいいサイズ。N子さん宅にこのロッキングチェアが届いた日からは、N子さんたちは魔法にかかったように毎日穏やかにすやすやと寝入ったという。

 N子さん宅の揺りかごに抜擢されたこのロッキングチェアは、秋田県湯沢市に本社工場がある家具メーカー「秋田木工」でつくられたものだ。高圧蒸気で蒸した木材を職人の力技で曲げて形を作る曲木という製法でつくられている。ドイツで生まれた曲木家具は、日本でも1900年代初頭から多くの家具メーカーが取り入れていたが、手間がかかることと熟練した職人技が要求されることから、今では本格的な曲木家具メーカーとしては秋田木工が国内で唯一の会社になってしまった。

 N子さん宅にロッキングチェアがやってきたのは34年前のことである。後半の10年ほどは出番もなく物置にしまわれたままになっていた。今から2年前に家を建て直しすることになった時、処分することも検討されたが、それはお父さんが渋った。しかし、クッションはへたり、布地も傷み、そのままで残すにはいかにもみすぼらしい。N子さんがインターネットで調べてみると、埼玉県の三芳町にA加工所という椅子の張り替えをしている会社があり、そこに張り替えを頼むことにした。
 張り替えを終えてN子さん宅に戻ってきたロッキングチェアは、A加工所の職人技で美しく蘇り、新築のリビングルームに置かれて、また一家の生活の中に迎え入れられた。一家の歴史のスタートを支え合った間柄なのだから、もう立派な血の通った家族の一員、なのかもしれない。
 秋田生まれのこの幸せなロッキングチェアは、今も東京の空の下で家族に囲まれて、穏やかな老後の日々を過ごしている。

[キャプション]
無用のものとして手放すことも検討されたが、お父さんが渋り、娘が修繕引受先を探し、お母さんが張り替えの生地の色を見立てお金も払った。リビングの日だまりの中に自分の居場所を見つけたロッキングチェアは、家族の愛に包まれた幸せなおばあちゃんのようでもある

#2006年3月 『郷』Vol.57掲載


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  1. 2006/09/04(月) 23:40:51|
  2. ツシマノシゴト
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Sunken Love - 恋の水没 -

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「おとうさん おとうさん!」
階下で女房がなにやらけたたましい。
ボクは寝不足気味でまだすっきりと目覚めていない。
不機嫌にベッドから起き出して寝室のドアを開けて階段の上から女房に応答する。
「なんだよ!」
「携帯、洗濯しちゃった!」
あちゃー。
なにごともやることがおおざっぱな女房は、服のポケットに入ったままの紙幣を確かめもせずに洗濯してしまうことはしばしばあるけど、まさか携帯まで洗濯してしまうとは!
しかし、ボクはまだ眠い。それに、性分としてボクはこの程度のことでは慌てない。
「んー、とりあえず干しておきなさい」
そう言ってボクはまたベッドに戻ったのであった。

数十分後には起き出して身繕いして、洗面所の棚の上で干してあった携帯を見てみる。
スイッチを入れてももう電源は入らないようだ。
さすがに携帯がないと仕事にも差し支えるので、すぐに近所のauショップに走った。
アドレス帳などのデータを救出できるか試してもらったのだけど、一瞬だけ水に浸かったのならともかく、丁寧に丁寧に洗濯してくれちゃったものだから、データもきれいさっぱり洗い流されていた。
こうなったらじたばたしても始まらない。過去のことは潔く諦めて機種交換だ。
ポイントなどを使って三千円ほどで新しい端末を買って店をあとにした。

仕事関係や友人関係など、かなりの電話番号やメールアドレスが入っていたのだけれども、ボクの場合は、相手からかかってきたものに返答するケースがほとんどだから、それらが消滅してしまっても、それほどひどい痛手にはならない。ていうか、こうなってしまったのだから、じたばたしても始まらないではないか。
前の端末に残っていた一番古いデータでは、10年ほど前に出会った6歳年上の女性の電話番号があった。
彼女は20代で離婚して、娘と二人で生きている人だった。
仕事先で知り合って数ヶ月の付き合いで(色恋ということではなく)、ボクとはウマの合う女性だった。
職場を離れてからは二度と会うことはないだろうとは思っていたけれども、出会った記念のようなつもりで、彼女の電話番号は消さずにずっと携帯に残していたのだった。
そういうメモリー(物理的な意味でも心理的な意味でも)も、今朝の洗濯ですべて水に流されてしまった。
惜しくないかと言われれば、ちょっとは惜しい気もする。
しかし、ま、自分の中で少しごちゃごちゃしていたものを一旦リセットしなさいという、あれは神様のおぼしめしだったのかもしれない。

結果論だからしょうがないさと、女房を責めるつもりはさらさらないのだけど、これがもしかして、亭主の携帯に女の名前がやたら多いことへの女房の腹いせだったとしたら、これはちょっとしたサスペンスである(^^)

〜本日の写真は、取材で見学させてもらったアマチュア劇団の稽古風景です〜

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  1. 2006/09/03(日) 00:50:07|
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嗚呼、働いた働いた

_9017542.jpg


写真に写っている時計は、ボクの今日の仕事が終わった時間を示しています。
“AM”です。
いや実によく働いた一日だった。
まず日中は大館市で企業2社の取材。これはS制作会社の仕事。
夕方秋田に帰ってきて、“一旦我が家に寄って”、汗臭い服を着替えて、A新報東京支社に依頼されていた写真をメール添付で送り、それから市内のホテルにチェックインして、LANでネットにつないで調べものをしながらB出版社から催促されていた原稿の執筆に取りかかり、これは下手をすれば明け方までかかるかなと覚悟していたのだけど1時頃にはなんとか書き上がり、すぐにメールで送り、それからが本日のメインイベント、このホテルの温泉浴場の撮影。このホテルは秋田市内のど真ん中にあるのだけど、天然温泉の大浴場があって、屋上には露天風呂もある。その撮影が夜半になるので、どうせなら一泊してやっつけましょうと、これはA広告代理店の仕事。
前半はモデルのお姉さんの入浴シーンで、後半は人物抜きの撮影。構図上、カメラマン自らが湯船につかってのショットもあったりして。半ズボンはいてきてて正解だった。
そんなこんなで、長い一日の仕事が終わったのが、上の写真の時間。

ぐうたらで、スローライフ志向の津島としては、おのれの哲学に反するほどの、今日はオーバーワークだ。
少しゆっくりできるとしたらいつだろう。3日の日曜日かな。
ああ、でも、日曜日は日曜日で、またヨメと遊んで一日が終わってしまうかも。

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  1. 2006/09/01(金) 04:22:50|
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