
想う気持ちは誰にも負けず、
ひたむきに、ひたむきに、愛のほとばしりを注いでも、
不思議なほどに、二人の距離は縮まらない。
これほどの想いを受け入れてくれぬ人に、ほのかな憎しみすらいだいたりして。
ひたむきであることは、愛の原動力にはならないのかもしれない。
きっと自分は、間違った地図を頼りに、ここまできてしまったのだろう。
恋には、少し後戻りしてみる勇気も大切だ。
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- 2006/02/28(火) 15:20:27|
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雪が消えるころ、きみは、ボクの住む街に遊びにくるのだろうか。
ボクは少し心を弾ませながら、だけどそれを人に悟られないよう、わざと鬱々とした顔でもつくって、空港道路を走っていくのだ。
走っている途中についつい口元あたりが弛んでくるかというと、案外そうでもなく、今度は少しニヒルな顔をつくって、到着ゲートから出てくるきみを、オトナの気分で迎えるのだ。
きみの荷物が片手だけなら、まず空いているほうの手をとって握手をして、ほんとうはヨーロッパ辺りの恋人のようにがっしりとハグでもしたいところだけれども、それは一瞬のきみの様子で判断しよう。ボクのほうは、ハグもキスもオッケーなのだけど。
それから、荷物が重そうならボクが持ち、もし重くなさそうだったら手だけ引いて、駐車場に置いたクルマに乗り込んで街に向かう。
そのころにはボクも少し穏やかな顔をしていよう。いつまでも渋い顔のままで、「ほんとうは今度のこと、迷惑じゃなかったのかしら」などと、きみが余計な心配をしないように。
ていうか、口元がゆるゆるになりそうなのを堪えるので精一杯かもしれないけれども。
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- 2006/02/27(月) 16:35:56|
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友人Kは、多い年で年に3、4回、一人で上京する。
上京の理由はさまざま。仕事のこともあれば、買物ということもある。
たとえば去年の2月の上京は、デジカメを買うのが目的だった。
欲しかった機種が、東京では秋田で買うよりも2万円以上も安く売っているのだ。
通販でも売っているので、わざわざ上京しなくてもいいのだけれども、「交通費をかけても秋田より安いんだから、だったらデジカメを買うついでに東京で遊んでこよう」、というのが友人Kのリクツだ。
友人Kの奥さんはこういうことにはわりと寛容で、「ちょっと東京に行ってきたいんだけど」と言えば、理由を深く問いつめたり、余計な詮索もせず、「いってらっしゃい」と気軽に送り出してくれるのである。
友人K自身としては、東京周辺に何人か女友だちがいて、上京すればその中の誰かとは、会って食事をしたり酒を飲んだりするのが常であった。
まあそれは、特にオフレコの話でもなく、東京から帰ってきてから「誰かと会ってきたの?」「うん、ねえちゃんと酒飲んできた」というような会話が、夫婦の間でフツーに交わされるのだ。
ただ酒を飲んでいただけ、かどうかは定かでない。Kの奥さんもどこまで鵜呑みにしているのかはわからない。あるいは、(酒を飲んでただけってことはないでしょ)とか思いつつ、それ以上はあえて追及せず、肝の据わったところを見せているのかもしれない。
あるとき、友人Kは、自分史上最初で最後になるかもしれない大冒険を決行した。
奥さんに内緒で“日帰り上京”を敢行したのだ!
たとえ嘘でも上京の理由などいくらでもつくれそうなものだったけど、その年は少し上京の回数が多くて、この上、いくらもっともらしい理由を並べてもちょっと不自然になってしまうのではないかと、友人Kは思ったのだ。「それならばいっそのこと、内緒のまま上京してしまおうか」と。
しかしそれは、非常に無謀な冒険でもあった。のちになって友人Kは、「もうああいうことだけはよそう」と真顔で言っていた。
つまり、「晩ご飯までには帰るから」とか言って、そう遠くまでは行かないような素振りで家を出て、もし何らかのトラブルがあって帰りの飛行機が飛ばなかったりしたらアウチなのだ。
あるいは、この夫婦の“放し飼い度”が今よりもっと進んで、「ごめん、今東京に来てるんだ。あした帰るから」「あ、そう。じゃあ今夜は晩ご飯いらないのね。気をつけて帰ってきてね」なんてやりとりが普通に出来るようになったら、嘘ついてまで上京しなくてもよくなるだろうけど、あいにくまだそのレベルまでは至っていない。
その、友人Kの日帰り上京の真の目的がなんであったかは、不明だ。Kも堅く口を閉ざす。
とにかく、東京での所定の目的も無事に果たし、余裕をみて羽田に入った。帰りの便も問題なく飛びそうである。
出発ロビーを移動中、携帯が鳴った。奥さんからだ。今どこにいるの?晩ご飯はいるの?というような用件だ。「今、山形。2、3時間で帰るから。おかずだけ残しておいてくれないか」…そう答えて電話を切る直前、♪ピンポンパンポ〜ン、出発便のご案内を云々…と、大きなボリュームでアナウンスが始まったのだ!
ま、まずい!
受話器を通して、奥さんの耳にも届いているに違いない。「え、何の音? 今どこなの?」などと詰め寄られたら、友人Kはパニクってしまうだろう。「山形空港にいるんだ」というような嘘をつけたかもしれないが、嘘の上に嘘を重ねるのはK自身にとってもかなりしんどい作業だ。(基本的に、友人Kは小心者である)
しかし奥さんはそのことにはひと言も触れず、「気をつけて帰ってきてね」と言って電話を切った。
そんなこんなで、表向きは、友人Kの大冒険は破綻もなく無事に終わった。
しかし、Kが奥さんを見事にごまかし通せたのか、あるいは奥さんのほうが一枚も二枚も上手で、全部お見通しでいながら亭主の“放し飼い”を続けているのかは、未だに判明していない。
「確認したいとも思わない」と、Kは述懐する。
あしたは日曜日。Kは奥さんに、「一緒に遊ぼう」と提案している。奥さんの希望を聞きながら、温泉ドライブにでも行くことになるのだろう。
友人Kは大忙し、なのである。
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- 2006/02/25(土) 23:29:46|
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諍いをおこしたわけでもなく、訳も分からないまま突然サドンデスになったわけでもなく、途中で風船がしぼむような恋の終わり方を、したことはないだろうか。
ほんの少しだけ、二人の歩く歩幅が違っていて、追いつくために焦っているばかりだったり、置いてけぼりにしないように振り返り振り返りだったり、最初は、それも恋のうちと、楽しむゆとりがあったけれども、少しずつ少しずつ、なんだか、溜め息をついていることが多くなってきたりして。
どちらが悪いわけでもない。ただ、恋は、歩幅が近い人と、したほうがいい。
- 元滝 秋田県にかほ市 -
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- 2006/02/25(土) 00:03:22|
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「もうちょっと、ゆっくりしていられたらいいのだけどね」
「ええ、できればあたしもそうしたいところだけど、やはり夕方までには家に戻っていないとね」
「うん、そうしたほうがいいよ。またこの次もあるんだし」
幸せのため、というよりは、不幸せにならないための、時間の刻み方
- 十和田湖 -
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- 2006/02/23(木) 22:27:55|
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会社勤めをしていた頃、ボクは小さな部署をまかされていて、自分の下に数名の部下を抱えていた。
もともとボクは、サラリーマンタイプの人間ではないから、会社勤めといっても“世を忍ぶ仮の姿”みたいなもんで、やることをやってしまったらあとはテキトーにさぼることばかり考えているような、いいかげんな上司だった。
事務のコは、美人とか可愛いとかいう感じのコではなかったけれども、明るく朗らかで性格の可愛いコだった。ボクにもちょっとなついていたようで、何かいいことがあると二人でハイタッチをしたり、ボクがちょっとむしゃくしゃしたときなどふざけて軽く彼女の頭をこつんとたたくと、ただへへへと笑っていてくれるような、そういう意味では“相性の良さ”を感じられるコだった。
ボクは、昼休みや退社間際には、自分のデスクのノートパソコンでソリティアで遊ぶことが多かったのだけれども、あるとき彼女がそれに興味を示した。
「面白そうですねえ。それって簡単なんですか?」
「ああ、単純なゲームがだからね。すぐ覚えられるよ。やってみるかい?」
「うん!」
6時で業務が終わって、帰り支度の済んだ者から三々五々帰っていくのだが、彼女はボクの机に座ってゲームに夢中になり始めた。
ボクは隣のデスクの椅子を引っ張ってきて彼女の横で「そうそう」とか「そうじゃなくてさ」などと口を挟む。
彼女がゲームに飽きたら、先に彼女を帰して、最後にボクが施錠して退社するつもりでいた。
ところが、彼女はなかなかゲームをやめようとしない。
ソリティアにはまってしまったというよりは、なんだか、“時間稼ぎ”をしているように感じられなくもないのだ。
今のボクだったら、「急いで帰らなくていいんだったら、酒でも飲みに行くかい?」と、声をかけているところだろう。今にして思えば、彼女はそういう誘いを待っていたのではなかったのか、と思われるのだ。
あいにくあの頃のボクは、たとえ軽く酒を飲むだけだとしても、女房以外の女性と二人きりで過ごすなどという行動は、考えられないことだった。
ソノゴイロイロアッテ、今では平気で女性に「メシでも食うかい?」、「酒でも飲むかい?」と声をかけるのだけど、あの頃はまだ、いいとか悪いとかではなく、とにかくそういうことは考えられないことであった。
だから、ボクは早く帰りたいのに、なかなか帰ろうとしない彼女に、少しイライラしていたのである。
7時をとっくに過ぎて、8時近い時間になって、さすがに、「今日はこれくらいにしないか」と、ボクから切り出して、その日は終わった。
そんなことがあってからほどなくして、彼女は会社を辞めて結婚した。
彼女は、結婚前に何か“思い出”をつくりたかったのだろうか。あの日のことは、ただゲームに夢中になっただけとは、ちょっと考えられないのだ。
今だったらボクもちょっと違う態度をとれたのにな、と少し残念な気持ちも引きずりながら、ときどき彼女のことを思い出しているのだ。
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- 2006/02/23(木) 00:14:08|
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一度は、「決めました。彼とは別れます」、と彼女は宣言したのだ。
彼女には恋人がいた。ほぼ定期的に彼女のアパートに寄ってくれる人だった。
彼女は真剣に彼を愛していたからこそ、彼と同じ姓を名乗ることは望まなかったし、子供を産むことすらも諦める人生を、選んでいた。
それで彼がずっと自分のそばにいてくれるのなら、その程度のことはまったく厭わなかった。
しかし、ときどき彼が他の若い女性とも親しくしている様子が聞こえてくると、彼女の情緒も次第に穏やかなままではいられなくなった。
それとなくその話題に触れると、「ただの友だちづきあいだよ。心変わりではないんだから、きみは心配しなくてもいいよ」と彼は言うのだった。
それはその通りなのだろうと彼女も思った。
他に新しい女が出来て、自分が捨てられるということではないのだろう。
今まで通りに彼はアパートに通ってくるだろう。
だけれども彼女は、漠として、なんだか自分のささやかな平和が脅かされるような、(吐き気を伴うような)気持ちの悪さを感じていた。
このような恋をしてしまう女性は、しばしば、「彼の奥さんには何も嫉妬はしないけれど、“同列”の女性には激しい嫌悪を覚える」…と言う。ちょうど彼女は、そういう立場に立ってしまったわけだ。
さりとて、彼の気性からすれば、「その人とは別れて」などという懇願は、聞き入れてはもらえないだろう。
あとは、今まで通り彼がアパートに通ってくるであろうことで納得するか、あるいは、この際だからと、すっぱり彼と過ごした時間には見切りをつけて、自分の人生をリセットするかだ。
ボクとのメールのやり取りの中で彼女は、「仕事も辞め、アパートも引き払って、田舎に帰って暮らすことも考えている」と言っていた。
ボクは、人にこうしたほうがいいなどと言える立場ではないけれども、30代半ばという彼女の年齢と、長い目で見たときの彼女の穏やかな後半生を考えると、「ボクの意見を言わせてもらえるなら、田舎に帰るほうに賛成だな」と、答えるのだった。
もちろん、彼のため(あるいは、彼の家族のため)、子供を産まないことを覚悟したくらいに真剣に愛した人のことだから、こういうことになったからといって、あっさりと忘れられるものではない。
彼女の葛藤が始まる。
メールのたびに、別れると書いてあったり、やっぱり別れられないと書いてあったり、彼女の心の振幅は、凄まじいものだった。
ボクは、「どうしろ」とは言えず、「最後に決めたほうが、きっと正しいのだと思うよ」と慰めの言葉をかけるしかなかったのだ。
その後、彼女からのメールは途絶えたので、今どうしているかは分からない。
葛藤を克服して、すごく逞しい“愛人”になっているかもしれないし、きっぱり精算して、田舎で慎ましい後半生のスタートを切っているかもしれない。
どっちでもいいのだ、彼女が強くなってさえいれば。
泣いてもいいけど、いつかは自分で泣き止まなければならないのだ。
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- 2006/02/21(火) 23:49:38|
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彼女は、傷つき、苦しみ、もがいていた。
その原因は、ボクにはまったく関係のないところにあったから、ボクがもう少し冷淡な男だったら、「悪いけど、オレは、ややこしい話には関わりたくないから」と、彼女を突き放すことも出来た。
しかも、彼女が抱え込んでしまった問題は、彼女がひととき心を許した男との間で生じたことであった。
彼女はボクにとって親友ではあったけれども、身も心もすべて引き受けるような深い間柄ではなかったから、彼女がどんなプライベートライフを送ろうとそれは彼女の勝手なのだけれども、正直、“他の男の影”に、ボクは少し動揺していた。
ボクの知らないところでうごめく、彼女の中の何か。
ボクは、余計に彼女には冷たくしてもいいのではないか、と思った。
「色恋の不始末は、自分でなんとかしろよ。オレは知らねえよ」…と。
でもしかし、状況を俯瞰したら、ボクが助け舟を出さないわけにはいかないだろう。
彼女が独りで乗り切れそうな問題ではなかった。
それに、ボクが彼女の“親友”であることには間違いないのだし。
ボタンを掛け違えてしまった男と女の仲の幕引きは、こんなにも厄介なものなのか。
一度はこの世で一番深く愛し合っていた間柄だったはずなのに、気がつけばこの世で一番憎しみ合う間柄になってしまっている。
憎しみ合うことしか出来ないのなら距離をおけばいいのではないかと、他人は思うのだけれども、当事者は、距離をおいて高ぶった感情をクールダウンすることよりも、ずっとまとわりついて果てしなく傷つけることに執着する。
人は、誰かを愛し続けることが叶わなくなったときに、しばしば、“破壊者”に豹変する。
叶わぬ夢ならば、いっそ自分の手で粉々に壊してしまおうと、それもまた、哀し過ぎるほどの、歪んだ愛の形。
今の時代は、不快なつきまとい行為には警察も動いてくれるから、“これ以上執拗だと警察に届けざるをえませんよ”と釘を刺して、どうにかその男の機先を制することは出来た。
建前の上では、彼女の心の平穏と身の安全が第一。
同時に、“これは、オレが彼女に裏切られたということではないのだ”、と思うことにしようとしているボクが、いる。
- 銚子の滝/秋田県鹿角市 -
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- 2006/02/20(月) 01:25:30|
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古いアルバムの中に、からからと弾んだ笑顔で写っている写真を見つけるのは、いいものだ。
たとえ今が少し辛いときでも、“ああ、こんなときもあったんだなあ”と、何か少し救われる気持ちになる。
そうだ、きみの写真を撮ろう。
何年か何十年か先になって、“ああ、こんなときもあったのだなあ”と、ほのぼのと帰し方を振り返られるように、今、写真を撮っておこう。
わざとらしいポーズなど、つくる必要はない。
その写真の中で、ほんとうに心を許した者にしか向けないようなふくよかな笑顔をたたえて、きみは微笑んでいるのだ。
その写真を見る多くの人は、きみがカメラに向かって微笑んでいると解釈する。でも、ほんとうは、きみが微笑んでいるのは、そのカメラを向けているボクなのだということを、ボクときみだけは知っているのだ。
そんなきみのふくよかな笑顔を写真に撮れたら、それが、ボクがほんとうにきみを愛していたことの、そして、ボクたちがほんとうに愛し合っていたことの、密かな証になる。
その写真に、ボクが写っている必要はない。
カメラの前に二人並んで写真を撮るのではなく、二人が向き合って過ごしていた時間を、カメラは写すのだ。
それがボクらの記念写真。
きみの、ボクの、ハダカの心が写っているような、写真を撮ろう。
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- 2006/02/19(日) 02:04:54|
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もうその人とは二度と逢えないのだとはっきりしたとき、
ボクの中でわきたつ侘びしい気持ちはどこからくるのか、ボクは少し考えた。
交わる相手を失った、という無念か?
だとするならば、所詮彼女は、ボクにとってそれだけの存在だったのか?
事実、彼女との交わりは、ボクにはとても心地よかった。
その時間を愛していた。
しかし、交わる相手を失ったことだけを、ボクは嘆いているのか?
ボクたちは、それだけの間柄だったのか?
ずうっと時が過ぎてから、「いや、やはり、彼女という人そのものにも、ボクの想いはあったのだ」、と気づく。
ずうっとあとになってからそういうことに気づく滑稽な自分。
そうして、ココロにつながるカラダの関係であったことに、ずうっとあとになってから、気づくのだ。
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- 2006/02/17(金) 15:25:37|
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オコチャマな恋をしていた頃は、ガールフレンドをスケートに誘うことを画策していた。
そうすれば、否応なしに、彼女の手を握れるから。
そうでもしなければ、なかなか彼女には触れられなかったから。
でも、いつの頃からか、特に相手に触れなくとも(触れあうことは大事だけれど)、相手をいつでもとても近い距離に感じられるようになった。
それよりも悲しいのは、触れあえるくらいの近い距離にいながら、お互いをとても遠くに感じてしまうような虚ろな空気だ。
トテモチカイトコロは、なかなか辿り着けないはるか遠くにあることも、ある。
- ロックフェラーセンター/NY -
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- 2006/02/17(金) 00:37:34|
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その人は、若いときに一度結婚に失敗して、以来ずっと一人で生きてきた。
といっても、天涯孤独というわけでもない。
おりおりに彼女の傍らには、優しい人がいた。
彼女は、そういう人生でいい、と思っているようであった。
ボクは、ちょっとだけ心配になるのだ。
今はそれでよくても、いつか、独りでいることが無性に寂しく辛くなる時が来るのではないかと。
いやいや、誰にも先のことなど分からないのだ。
結婚はしないと言い張っていた人が、ひょんなことから結婚をしてしまうことだってあるかもしれないじゃないか。
彼女にとってボクは、何かしらのセキニンをとらなければならない立場ではないのだけれども、名刺を手渡してこういうのだ。
「たぶんボクは10年後も20年後も、そこに書いている住所のところに住んでいるはずだから、いつでもいいから辛くなったり切なくなったりしたら言ってきてよ」
一緒には生きられない相手でも、少しのことなら、約束はできる。
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- 2006/02/16(木) 00:53:02|
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一年を越えて続かなかった恋は、想い出すらも上手につくれない。
誕生日、クリスマス、バレンタイン…、楽しみにしていたいくつかの想い出づくりが、永遠に手の届かない海の底に沈んでいってしまう。
せめて、生涯消えない傷跡を、ココロのどこかに遺したかった。
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- 2006/02/15(水) 10:47:28|
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「今度そっちに行く用事があるんだけど」とボクが言えば、彼女は無理をしてでも時間をつくり、嬉々として待ち合わせの場所に現れていた。
それがいつの頃からか、「ごめん、その日は別の用事が入っているんだ。またこの次誘ってね」などと、“逢えない理由”を口にすることが多くなってきた。
他に予定があるのならしょうがないね、と最初はボクも思っていたけれども、そういうことが何度か続くと、鈍感なボクでも、さすがに、なにか風向きが変わって季節の変わり目がやってきたような気配を、感じないわけにはいかなかった。
ある意味では、彼女もウソをつけないタイプ、なのかもしれない。
「あたしもぜひ逢いたいから、先約のほうをなんとかする」とか、「ほんっとにごめん、その日はどうしても無理なのよ。その前後の日じゃダメなの?」…という、“逢えるためにするべき前向きな努力”が、彼女の言葉の行間からは伝わってこないのだ。
つまり、彼女の中では、ボクと逢うということが、もう心躍ることではなくなったのだろう。
「ほんとうのところはどうなのだ?」と、今の彼女の本音を問い質したほうがいいのかもしれない。
そのほうが、曖昧でもやもやしたものが晴れて、良くも悪くも、すっきりするかもしれない。
それをためらっているのは、ボクの未練、だ。
目の前に愛する人のなきがらが横たわっていても、「いや、死んじゃいない。そんなこと、絶対に認めない!」と言い張って現実を受け入れようとしないような、頑強な未練。
99.9%、もう二度と彼女が現れるはずのない、いつもの持ち合わせの場所のベンチに足が向いてしまうのは、重度の恋の後遺症。
- Hoboken NJ -
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- 2006/02/11(土) 23:36:41|
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唐突だけれども、あなたには、背中が痒くなったときに掻いてくれる人がいるだろうか。
この季節で肌が乾燥しているせいだか、しばしば背中が痒くなる。
自分の手の届くところの痒さならどうにでもなるけれども、手の届かない背中の真ん中あたりだと、もう拷問にでもあったようなクルシミだ。
ボクの場合、幸い、夜にはニョウボウが傍らにいるので、急に背中が痒くなって身もだえると、特に頼まなくても彼女がすぅっと手を伸ばしてきて背中を掻いてくれる。ありがたい。
こういうときは、ハグよりもキスよりも、背中を掻いてくれる人が愛おしい。
難があると言えば、彼女はちょっと勘の悪い人で、一番痒いピンポイントを、微妙にはずすのだ。
微妙にポイントがずれているのだけれども、せっかく掻いてくれたのだから、「ありがとう、ずいぶん楽になったよ」と礼を言う。
ハグもキスもいいけれど、背中を掻きあえる間柄ってもの、いいんじゃないかなあと思う。まさに、“痒いところに手の届く”関係ってことで。
二人の関係がもう一歩のところで足踏みしているような間柄だったら、小芝居ででも、「ごめん、ちょっと背中を掻いてもらえない?」なんて、仕掛けてみてはどうだろう。
相手が洋服の上から掻き始めたら、「そうじゃなくて、手を入れて直接」…って。
ボクは自分自身が痒がりだから、比較的勘はいいのだ。どのあたりを掻いてあげたら相手がすっきりするかというのを、けっこうピンポイントで攻められる。
ときどき、ホックもはずすけど…
- 十和田プリンスホテル -
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- 2006/02/10(金) 00:07:19|
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定時で仕事が終わり、まだ陽射しの残る中を、ボクは我が家に向かってクルマを走らせる。
そこに携帯コール。U子からだ。
「あたし。今ドトールにいるんだけど、こっち寄れない? 無理ならいいけど…」
我が家までは5分もかからないところまで来ている。気分的には、早く家に帰ってくつろぎたいところだから、正直、少し困惑する。
しかし、この人は、線の細い人だ。少し辛くなったから電話してきたのだ。
「わかった。今からそっちにいくから、ちょっと待ってなさい」
ボクはなんだか、恋愛をしているというよりは、心の迷走に苦しむ患者を受け持つ診療内科医のような気分だった。
ドトールに着くと、U子は店の真ん中の大テーブルでブラックコーヒーを飲んでいた。ちょっとだけ目で合図をして、ボクもカウンターでセルフサービスのコーヒーをオーダーする。
そのコーヒーのトレイを持って、彼女の隣に座りかけながら、「どうしました?」などと、ちょっとふざけて、医者が患者に向けるような物言いをする。
「ううん、別に、なんでもないんだけどね」
彼女には、子供はいなかったけれども、夫婦仲は特に悪いわけではなかった。彼女は旦那さんを愛していたし、旦那さんも彼女に対しては優しい人だった。彼女は、旦那さんのパンツを洗ったり美味しい料理をつくることには何も抵抗がなかったし、喜んでそれらをしていた。一つだけ、彼女は、旦那さんをオトコとして受け入れることだけが苦痛だった。旦那さんが、そういうことで横暴だとか身勝手というのではない。むしろ、ほんとうに心優しいパートナーなのだ。また、彼女自身が、男女の交わりそのものに激しい抵抗を感じているというのでもない。それは、少なくともボクは理解している。
当然のように、旦那さんはしばしば彼女を求めてくる。彼女は、「ごめん、まだアイロンがけが残っているから」と誤魔化して、時間稼ぎをして旦那さんが諦めて寝入ってしまうのを待っているのだ。
哀しい夫婦。
旦那さんを、憎んでいるのでも嫌悪しているのでもなく、なぜ自分が彼を受け入れられなくなってしまったのか、それが彼女自身にも思い当たらず、苦しんでいるのだ。
答えを出しづらい難問だ。「それは、こうしたらいいよ」などと知ったかぶりをしてアドバイスできるものではない。
心の中の固まってしまっている部分を、時間をかけてゆっくりと溶かしていくしかないのかもしれない。
今日はゆっくり出来る日じゃないと分かっているから、彼女もそれ以上のわがままは言わない。
お互い、コーヒーを飲み終わって、「送っていこうか?」と言うと、「ううん、買物して帰るから。もう大丈夫。ごめんね」、と一生懸命笑顔をつくる。
ずぅっとそばにいてあげられるヒトではなかったけれども、ボクといた時間が、少しでも彼女の心の中の固まりを、やわらかくしてくれてたらいいのだけど。
- Grand Central Terminal / NY -
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- 2006/02/08(水) 23:53:25|
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ボクは、タバコはやらないが(若い時分にやめた)、コーヒーだけはやめられない。
こだわりはないので、レギュラーでもインスタントでも構わないし、ネスカフェでもマキシムでも関係ない。(ていうか、味オンチなので、ほとんど味の違いが分からない)
家にコーヒーの買い置きがあるうちはまだいいけど、飲みたいなと思ったときに買い置きを切らしているのが分かると気が狂いそうになる。雨が降っていようが槍が降っていようが近所のコンビニに走っていって、目についたインスタントコーヒーを買って、家に戻ってガブガブ飲んでやっと生きた心地を取り戻すのだ。中毒患者にありがちな兆候だ。
その時M子は高校2年生。
ボクが会社の帰りに毎日のように立ち寄っていた喫茶店のカウンターに彼女はいた。
ボクは23才。田舎の小さな広告代理店のカメラマンをしていた。
「MちゃんMちゃん、ツシマさんてね、プロのカメラマンなんだよ。なんでも教えてもらいなさい!」
いつもテンションの高いその店のママさんが、さっそく世話焼きをする。
M子は高校の写真部に所属しているらしかった。
そんな出会いがあって、しばらくは、その店で落ち合って彼女の撮った写真にアドバイスしたり、ボクの撮った写真を見せたりしていた。
日曜日にはお互いにカメラを首からぶら下げてスナップデートなどもした。
結果的には彼女とのつきあいはそれほど長くは続かなかったけれども、ボクにとってはまんざらでもない日々であった。
ある日曜日に、公園でスナップデートをして、その帰りになじみの喫茶店に寄り、窓辺の席に向かい合って座り、ボクはいつものようにアメリカンコーヒーをオーダーし、いつものようにミルクと砂糖をたっぷりと入れて…、という所作をしているときに彼女は目を丸くした。
「えぇっ、アメリカンにミルクと砂糖を入れるんですかぁ?!」
ボクはそのときまで、そういう組み合わせに一度も疑問を抱いたことはなかったのだけれども、彼女に言わせれば、「おこちゃまじゃあるまいし…」と、いうことらしい。
くっそー、六つも年下の女子高生に軽蔑された…。
それからというもの、ボクは意地でもコーヒーはブラックで飲むことにした。最初のうちは苦くてきつかったけど。
今ではもうブラックでないと飲めないけれども、あの時のM子のひと言がなかったら、ボクは今でもたっぷりとミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲んでいたことだろう。
彼女とのつきあいが長続きしなかったのも、結局はそんな風に、ボクに物足りなさを感じることが多かったからなのかもしれない。
コーヒーとは、ホロニガイ飲み物なのである。
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- 2006/02/07(火) 23:42:44|
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あとにも先にも、女の人からあんなにもはっきりとした嘘をつかれたのは、あの時の一度きりだ。
当時ボクは家で仕事をしていることが多く、昼近くになると、ほぼ毎日のように、「ねえ…」と、少し甘えた鼻声で彼女から電話がかかってきた。
それを潮に、ボクは仕事の手を休め、小一時間ほど、他愛もない彼女の話につきあうのだった。
最初、彼女はボクにメールでコンタクトをとってきた。
少し神経の繊細なところのある彼女は、夫と二人、馴れない土地に住み、友だちも多くはなく、一人になると煮詰まってしまうことも多かったようだ。
たまたま同じ県内でお気楽なネット生活を送っているボクを見つけ、話し相手になってもらえるかも、と思ったのだろう。
食事であったりドライブであったり、ボクが自由にできる時間の何%かは、彼女のために割いていた。
彼女には、ボクでもない夫でもない他の男性から、しばしばメールが入るのだそうだ。
彼女の言葉によれば、“少なくとも今は”惹かれている人ではないのでメールをもらってもなんとも思わないのだけど…、ということだった。
ボクは、「ふーん、そうなんだ」と軽く受け流し、「そういうのって、普通にレスをしているだけでも好意があると勘違いされかねないから、メールは遠慮してもらうなり自分の気持ちをはっきり伝えるなり、いずれ曖昧なままにはしないほうがいいと思うよ」とサジェスチョンした。
冬祭りの季節。
「写真を撮りにいこうと思っている」と彼女に伝えたら、「あたしも時間がとれたら行ってみる」と言う。
はたして彼女とは会場で出会い、一緒にたき火にあたったり出店を冷やかしたりして過ごした。
それからほんの数日後、彼女からの短いメール。
「おつきあいはここまでということにしたいと思います。楽しかったです。ありがとう」
…ボクは、狐につままれたような思いだった。
どう考えてもボクに粗相があったとも思えない。
しかしボクは、離れていこうとする人は追わない主義。そのメールにも返事は出さず、彼女と出会ってからの数ヶ月は、その瞬間にサドンデスとなった。
あとになって、少しずつ事情が分かってきた。
彼女にメールをよこす男性との間のことでいえば、実際のところ、彼女のほうこそ十分に彼に惹かれていたようなのだ。それを彼女は、「向こうがあたしに一方的に好意を寄せている」、とボクに言い換えていた。
冬祭りのような場所でボクのような男と親しげにしていたことが、まわり回って彼の耳に入りでもしたら、彼は去っていってしまうかもしれない。それで慌てて、彼女はボクの存在を消そうとしたのだろう。
こういうことになってみると、思い当たることがないでもない。
携帯にメールが入り、その直後にひどく慌てた様子で電話がかかってきて、「ごめん、間違ってメール送ってしまったから開けないで削除して」と言う。ボクは、「いいよ」と答えておいて、ちらりと文面に目を通して言われた通り削除していた。そこに書いている意味が理解できなかったのでその時は気にも留めなかったのだけれども、今にして思えば、それは彼にあてて書いたメールだった。そこに書いてあったことは、ボクへの説明とは矛盾していたから彼女は焦って「見ないで削除して」と言ってきたのだ。
バカな女だな。嘘をつかなくても、正直に話してくれたら、ボクはいくらでも彼女の恋に協力してやったのに。
バカ、というのは酷か。「不器用な人」と言い換えよう。
その後彼女の消息はまったく聞こえてこないのだけれども、元気にしているのだろうか。
夫とのあいだでも、“彼”とのあいだでも、ささやかに幸せな日々であればいいのだけど。
彼女がいつも出入りしていた、ボクの心の扉の鍵はかけないままでいるのだけど、もう彼女がやってくることはないのだろうな。
何年か前の、ちょうど今頃の出来事だった。
- City Hall Park / New York -
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- 2006/02/07(火) 11:31:04|
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少し厄介なことになったのである。
ボクは彼女とは結婚する気はなかった。
結婚するとすれば、もっと“勝ち気ではない”気持ちの優しいコとしたいと思っていた。
でも、積極的には結婚したい相手ではなかったにしても、事実上、コイビト同然のつきあいを数ヶ月続けてきていたから、漠然と、「いずれは、もらってやらないわけにはいかないかもな」とは、思っていたのである。
とにもかくにも、彼女との“友だち付き合い”は円満に進行していて、話が盛り上がって、ゴールデンウィークに二人で東京に遊びにいくことに決めたのだ。
ボクは早速、東京往復二人分の電車の切符を手配した。
ところが、その直後に、ボクたちは決定的な大ゲンカをした。
恋人同士や夫婦同士のケンカは、あとになって振り返ってみると、何が原因だったか思い出せないことがある。
きっと、他愛ないことだったのかもしれない。
他愛ない理由でボクたちは大ゲンカして、一度は“もらってやるつもりもないではない”と思っていたのにそれも全面白紙撤回。
彼女とのことはもうこれっきり終わりにしよう、と決めたのである。
しかし、手許にはもう二人分の東京往復の切符がある。今更一緒に旅をする気分ではないが。
ボクは、彼女の分の切符を持ってアパートに行った。
「もう買ってしまった切符だから、お前にやるよ。この列車に乗るんだったら乗ればいいし、行かないんだったら払い戻しすればいい。好きにすればいいさ」
もうボクたちは終わりなのだ。
もし同じ電車の隣同士の席で旅をすることになったとしても、それはもう、二人で過ごした時間の“卒業旅行”程度の意味しかなさないだろう。
ボクたちはもう終わりなのだ。
しかし、ここに来て、神サマは、実に陳腐なシナリオを書き上げた。三谷幸喜だってこんな陳腐なシナリオはたぶん書かない。
神サマは、彼女の生理を止めやがったのである。
当然、サーッと血の引くボク。
ボクたちはもう終わっているのだ。この人とは結婚しないことに決めたのだ。
なのに、なんでこのタイミングでそういうことに…
ボクは、予定通り東京行きの特急に乗ることにした。たぶん彼女は、来ないだろう。
発車間近の時間、ホームでうろうろしているボク。(何かを待っているのか?)
ホームに続く階段を下りてくる人の影。「あ、ああ、行くことにしたんだ。来ないかと思った」
ボクたちは、少し重苦しい気持ちを引きずりながら、しかし、行くことになった以上、この旅はそれなりに楽しまなければなと、思ったのだった。
あのころの特急電車には食堂車がついていた。
東京をあとにする帰りの電車で、食堂車で彼女と差し向かいになりながら、ボクはビールを飲んで、ぽつりと、「生理がかなり遅れているのは知ってたよ。帰ったらちゃんと調べてもらおう。いいかげんにはしないつもりだから…」と。
結婚するはずのなかった二人が結婚して、しかも未だにひっつき虫になっている夫婦のスタートラインには、こんなスッタモンダがありましたとさ。
- Hudson-Bergen Light Rail Hoboken NJ -
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- 2006/02/07(火) 00:27:21|
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「こっちに来る時は、必ず教えてね。絶対よ!」
たまたまネット上で知り合って、なんとなく仲良くなってネットを通して親しくしているだけなのに、ずいぶんと入れ込まれたものである。
そこまで言われるくらいだから、彼女の住む街に行くのを内緒にしていたら、あとから何を言われるか分からない。
「えぇっとですね、あさって、そっちに行くんですけど」
「うわぁ、今ね、娘が風邪引いて大変なのよ。大丈夫、なんとかするから。何時に着く電車?」
「あ、あのぅ、そんなに無理しなくても…。また別の機会もあるし…」
そんなこんなで、結局彼女は、ホームでボクの乗った電車の到着を待っているのだ。
丸一日を彼女と過ごすとか、彼女と逢うことがその街を訪れる主たる目的というわけではないのだけれども、繁華街のビアホールであったりガード下の居酒屋であったり、否応なしに、彼女と過ごす何時間かはスケジュールに組み込まなければならなくなった。
楽しいひとときを過ごして、ほろ酔い加減のボクらはターミナル駅まで同道し、ホームでボクの乗る帰りの電車の出発を待つ。
じゃあね、と握手をして、(せめて)彼女の頬にでも口づけをしようかと顔を近づけるのだけれども、彼女はすぅっと顔をそむけてその口づけを拒むのだ。
なるほどねえ、そこが彼女のパーソナルエリアのボーダーラインなのだね、とボクは酩酊しつつも何となく納得するのである。
(逢いたいと言っているのはきみのほうじゃないか。それなのに、一緒に酒を飲んで、別れの時のkissすらも拒むとはどういうことなんだ)…というボクの煩悶は、彼女は知らなくてもいい。
よく分からない女ゴコロというものの、きみはとても優秀な先生だよ、ボクにとって。
口づけは望まない人だから、別れる時はいつも握手だけだ。
「少し早いけどね」とひと言添えて、地下鉄の入口でチョコを手渡されたのは、何年か前のちょうど今頃のことだったと思う。
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- 2006/02/05(日) 23:52:42|
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独身時代、友だちとしてウマの合う女のコがいて、よく彼女のアパートに遊びにいった。
彼女はボクにとって、恋愛の対象でも結婚の対象でもなく、遊びにいけば気軽に部屋に入れてくれるお気楽な女友だちだった。
彼女の欠点は、料理がてんでダメなことだった。そもそも料理には関心がないらしい。
レパートリーも全然少ないし、「腹減ったから何かつくってくれよ」と言われてしぶしぶつくる料理のまずさといったら…
口にこそ出して言わなかったけれども、内心、“将来、こいつの旦那さんになる人は気の毒だなあ”と、心底同情したものだ。
その後、何年かの時の流れを経て、若干の“代わり映え”はあったのである。
結婚した彼女は、たとえば日曜日の昼近く、もそっと旦那さんが起きてくると、「おはよ。なにかつくろうか?」と自分から声を掛け、さくさくと手際よくこしらえるパスタや
チャーハンは、まんざらでもない味なのである。
「あの彼女がねえ…」と、十分に感慨に浸れるだけの、彼女の手料理なのである。
今、彼女の旦那さんをやっているボクが言ってるのだから、まあ間違いはない。
それにしても、二人ともお互いに結婚するつもりなんかなかったのに、どうしてこんなにも長い間一緒に暮らすことになってしまったのだろう。
不思議だなあ。
直接的なきっかけは、ある日彼女の生理が止まったから、なのだけど…
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- 2006/02/04(土) 23:00:52|
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彼女がこれからしようとしていることは、決して世間の人が賞賛するような行為ではない。
何人かの人は容認や黙認や陰ながらの応援をしてくれるかもしれないが、親友の中には、「やめたほうがいいんじゃない?」と眉をしかめながら忠告する人もいるだろう。
それでも彼女はその危険な賭けに、賭けてみようとしていた。
それほどまでに彼女の心は、閉塞的な思いで埋め尽くされていた。
「最初はお酒を飲むだけにしたいんですけど」
「賢明な判断だと思います」男はにこりと笑った。
彼女は、危ない橋を渡ろうとしているのだ。
無事に渡りきった先には、何かほっとするような場所が待っているかもしれないが、一歩踏みあやまれば、足を滑らせて奈落の底の濁流に飲み込まれ、橋を渡る前よりも救いのない結果にすらなってしまいかねない。
数ヶ月ののちに、彼女は結婚生活を捨てた。
足を踏み外したのではない。むしろ、無事に橋を渡りきったのだ。
彼女はやっと決心がついたのだ。
結婚して何年か過ぎた頃から、彼女は、「こんな気分で日々を過ごすために結婚したのではない」という思いを、ずっと引きずっていた。
どこかでボタンが掛け違ってしまったのだ。努力して修復できるような段階ではない大きなボタンの掛け違い。だいいち、努力しなければならないのは自分の側ではない。
一生自分の運命を変えられず、死ぬまでこのまま鬱屈した日々を過ごさなければならないのか。
彼女の精神は、もう限界に近づいていた。
しばしの安息の時を持てて、彼女にもようやっと決心がついた。
「人生をやり直そう」…と。
ときおり、男に届くメールによれば、忌まわしい土地を離れ、仕事も見つけて、どうにか一人で生きていく手だては出来たようだ。
これからまた新しい恋をしたり伴侶を持てたりするかは、彼女の努力と運次第。
失ったものも決して少なくはなかったのだから、彼女には、人生の残りの時間で少しでも多くのものを取り戻してもらわなければならない。
- NewYork地下鉄 ルーズベルトアイランド駅 -
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- 2006/02/03(金) 23:20:37|
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ディスプレイに名前が出るから、声を聞く前からM子からの電話だとわかった。
「おう、どうしたあ?」
「・・・・・」
「んん? おーい、どうしたぁ? いるのかぁ?」
「・・・・・」
泣いているのだろうか。
これはもしかしたら、ちょっと長くなりそうだ。
オレは、道路端の空地にクルマを入れて、エンジンをとめた。
「さ、クルマをとめたから、ゆっくり話せるぞ。いくらでもつきあってやるから」
嗚咽をもらすでもなく、声を上げて泣きじゃくるでもなく、さめざめと、さめざめと、受話器の向こうでM子は泣いていた。
ワケを話さないから事情は飲み込めないが、堪え難いほど辛いことがあったのだろう。夫とのことか、それとも、彼女の秘めた恋の事情か…。
いずれにしても、独りでいることが死ぬほど苦しくなって、堪えきれず、彼女はオレに電話をかけてきたのだ。電話をかけていながら、オレと交わす言葉が、彼女の口からは出てこない。ただただ、携帯を握りしめてさめざめと泣いているのだ。
「泣きたいんだったらさ、気が済むまで泣いてていいぜ。つきあっててやるから」
こちらはこちらで、ちゃんと携帯を耳に当てていることをアピールするために、ときどき問わず語りにひとりしゃべりをする。
「今、取材の帰りなんだよ。仕事は済んであとは家に帰るだけだから、ゆっくりなんだ」
「こっちはけっこう寒くてさ、写真撮ってると指先がかじかんでくるんだよ」
「…ごめん」ひとしきり泣いたら落ち着いてきたのか、ようやくぽつりぽつりと言葉がでてきた。
「えへへ、ごめんね」
「んんん、気にすることはないさ。どうしてもつきあってやれない時もあるけど、そうでない時だったら、いくらでもつきあってやるさ。気が済んだか?」
「うん、ありがと」
引き戻すしかないような険しい道もあるけど、泣いて越せる峠道なら、泣きながら泣きながら、頑張って峠を越せばいいさ。
きみが峠を越えるまで、オレは麓で見届けていてやるから。
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- 2006/02/02(木) 21:38:14|
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これは、あるバカ夫婦の話である。
息子が千葉の大学を卒業することになり、夫婦は卒業式の前の晩に秋田から自家用車で千葉に向かった。
時間を稼ぐことや宿代をケチるために、この家では子供たちが小さい頃から、夜通しクルマを走らせるというドライブ旅行をよくやっていた。
子供たちには、「目的地が秘密のワクワクミステリーツアーだぞ!」などと言ってテンションを上げておいて、その実、とりあえず走り始めてから行き先を決めようという、かなり安直なドライブ旅行であった。
その夫婦のタクラミにまんまと騙されていた息子も、もう大学を卒業するのだ。
「あの頃はあれで結構楽しかったわよねえ」…と、国道4号を南下しながら、夫婦は、二人の夜の長駆を楽しんでいた。
時間には十分に余裕を持って家を出てきたのだが、それにしても千葉には早く着き過ぎた。まだ朝の6時だ。
どこかで着替えをしなければならないし、妻は「顔を洗いたい」というのだけれども、この時間ではまだ使わせてもらえるような施設も思いつかない。
「わかった。オレがなんとかする」、とバカ亭主は答えた。
街はずれの、畑がちな集落の小道をうろちょろする。
知らない土地ではあったけれども、そこはオトコの嗅覚、「このあたりならあるはずだ」と、バカ亭主は確信していた。
そして…、ふふふ、ほらね。
モーテルである。“ラブホテル”…と言いたいところだが、千葉といっても片田舎、そんなコジャレタしろものではない。古色蒼然たるモーテルである。
しかし、ここならば、着替えはもちろん、洗顔もできるしシャワーも浴びれるし、お望みならばふかふかのベッドで仮眠も出来る。こんなに都合のいい場所はない。
バカ亭主は、すすすとよどみなくクルマをガレージに入れ、シャッターを下ろし、部屋のドアを開け、電気をつけて、着替えのバッグをソファにどんと下ろす。
バカ女房は、「へえ、こういうところって、こういう風になってるんだ」…と、物珍しそうにあたりをきょろきょろ見回している。
「そっちのほうにバスルームがあるから」バカ亭主が指を指す。
「あなた、ずいぶんこういうところに詳しいのね」
「え"っ、そうかあ? そうでもないよぉ」へらへらと微妙な笑い方をする二人。
なにはともあれ、風呂にも入れたし仮眠も出来たし、言うことないのである。
無事に卒業式が済み、今度は息子と三人、途中で食事を摂りつつ、大学からアパートまでクルマで移動だ。
その車中、バカ女房は、よほど今朝のことが愉快だったのか、よせばいいのに息子に話して聞かせようとするのだ。
「今朝ねえ、大学に来る前に、途中でお風呂入って仮眠してから着替えしてきたんだよ。どこ寄ったと思うぅ? ラブホテルよ、ラブホ♪」
おいおい、母親が息子に言って聞かせる話じゃないだろうよ。聞かされてる息子のほうが困ってるじゃないか。
そして、息子も、ついに禁断のひと言を発したのだ。
「ほ、ほんとうに仮眠だけだったのかい?」
ふふ、ふふふふふ…
バカ女房は言葉を濁したけれども、バーカ、顔に書いてあるって…。
- 秋田新幹線 玉川第一橋梁(角館町) -
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- 2006/02/01(水) 22:44:57|
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