津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

お忍び旅行

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年に最低6回は仕事で泊まりがけの旅をする。
宿泊する宿そのものを取材する旅だから、旅先でもちっともくつろぐことはできないのだけれども、ときどき、期待以上に雰囲気のいい宿にあたることがある。
そんなときは、“いつかコイビトができたら、きっとまたこの宿に泊まろう!”と、妄想に耽るのである。
一緒に泊まるのは奥さんでもいいのだけど、なぜか、“いつかコイビトができたら…”という方向に、妄想が突っ走ってしまいがちなのだ。

妄想の中でコイビトとリゾートホテルの部屋でくつろいでいる、悲しい僕がいる。

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  1. 2005/12/27(火) 16:00:09|
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静寂の日々

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ずっと長い間、暮れが押し詰まるほどにばたばたと慌ただしい思いをして過ごしてきた。
特に20代の頃などは、広告代理店に勤めていたこともあって、クリスマスイブのあたりは激務もピーク。仕事が終わってからデパートでオモチャでも買ってサンタクロースのまねごとをしようと思っても、仕事がなかなか終わらない。ぎりぎり閉店間際のデパートに飛び込んで蛍の光を聞きながら品定めをしたこともあった。
暮れのこの時期に比較的のんびりした気分で過ごしているのは、何年ぶり、何十年ぶりかもしれない。
記録的な大雪で、手袋を脱ぐと一瞬に指先がかじかむほどの凍える日々だが、雪が降って映える景色というものもあるもので、こんなのんびりした気分の冬には、つとめてそういう景色を訪ね歩きたいものだと、思っている。

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  1. 2005/12/24(土) 01:43:55|
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砂防林に迷い込む

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用を済ませた帰り道、砂防林越しの海岸に立ち並ぶ風力発電機が見えた。
それを写真に撮ってみたくなって寄り道をする。
ところが、その砂防林の中をさまよってみてもなかなか風力発電機の下までたどりつけない。
日も暮れかけている。下手に深入りすれば、雪にスタックして帰れなくなりかねない。
結局僕は、この、冬の海風がつくった白と黒の縦縞のコントラストを撮るために、この砂防林に迷い込んだのだ。

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  1. 2005/12/15(木) 14:02:10|
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ツシマノシゴト 2

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『ショーウインドーのマドンナ』

 戦前の名古屋に、三國写真店という写真館があった。昭和七年頃、その写真館のショーウインドーに、知的な美しさを漂わせた若い女性の写真が飾られていた。
 その写真の女性に、当時十歳を少し過ぎた店主の息子が心ときめかせていた。彼の名前は一朗。後年タレントとして活躍する三國一朗だ。エッセイストでもある彼は、多くの随想随筆を著わしている。少年のころに見たその写真についても、
「この美しい女性が“小説家”であることを母から知らされたときの少年の私の驚きは、今も新たである。」
 とエッセイで回想している。
 写真の小説家の名は、矢田津世子(やだつせこ)という。明治四十年、秋田県五城目町の生まれ。父親の没後、戸主になっていた兄の転勤に伴って、昭和二年より母親とともに名古屋で暮らしていた。文学青年であった兄の後ろ楯を受けて津世子は小説家の道を歩むのだが、同時代を生きた林芙美子などのようには、彼女の名は今日さほど有名ではない。昭和十九年に三十六歳で病没という短い生涯が、作家としての大成を待ってはくれなかった。
 しかし、昭和十一年発表の『神楽坂』はその年の芥川賞候補になり、いくつかの作品は映画化されるなど、戦前の人気作家の一人ではあった。私たち秋田人の目には、作品の中にしばしば秋田が描かれているのも親しみやすい。

秋田市から北の方へ、ものの一時間も汽車に揺られてゆくと、一日市(ひといち)という小駅がある。ここから軌道がわかれていて、五城目という町にいたる。

 という書き出しで始まる、実際にあった事件をモチーフにした『凍雲』という作品などは、私たちには懐旧談のように読み進むことができる。昭和九年に阿仁町の伯母の病気見舞いに出向いた際の、鷹ノ巣駅で列車を待っている間の待合室風景をスケッチした随筆「鷹ノ巣駅」も、津世子の柔らかく温かいまなざしが読む者に心地よい。

 矢田津世子はまた、一人の作家としてよりも、「坂口安吾の恋人」として有名だ。安吾の『二十七歳』『三十歳』は、まさしく津世子との出会いと別れを描いた作品だ。しかし、この恋で二人は幸せにはなれなかった。お互いの感情が行き違ってばかりの関係にいらだち、安吾は作品の中で、オモチャ売場の前でオモチャを買ってもらえない悔しさに駄々をこねている子供のような、繰り言ばかりを並べている。
 津世子の美貌は、ときに彼女自身には災いであった。文学の師の一人であった川端康成は、
「矢田さんは幾らか男顔の美人で、体も立派であり、涼しい花木のやうに人目を惹いた。気位の高い少年じみた引きしまりがあった」
 と述懐しているが、安吾の不器用な愛し方然り、“女を武器にして”文学者の階段を昇ろうとしたとか、「あの人は妾腹の子だから…」といった、事実ではない風聞も彼女にはつきまとった。そんな後ろ向きな津世子像が、作家としての過小評価と無関係ではないだろう。

 最晩年に、津世子は同郷で十三歳年下の男性と親密な仲になる。何かと居心地の悪い生涯を送ってきた彼女が、最後のわずかな時間とはいえ、その男性の胸に自分の居場所を見出せたのは幸いだった。
 秋田の多くの図書館には津世子の複数の著作が収蔵されている。ゆっくりと時間をかけて、美しき秋田生まれの文学者矢田津世子と、向き合ってみたいと思う。

[キャプション]
三國写真店は現在、「写真のみくに」という社名で中京地区の主だったホテルに写場を構える大手の写真スタジオになっている。その一つ、名古屋観光ホテル写真室のショーウインドーに津世子の写真を“里帰り”させてみた。三國一朗氏がこの写真に心ときめかせたのもうなずける。なお、右下の肖像写真は、津世子を撮った故三國庄次郎氏である

#秋田さきがけ コミュニティー マガジン『郷』Vol.52掲載(2005年5月)

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  1. 2005/12/05(月) 18:18:54|
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神を感じるとき

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僕は今、秋田県内の湧水地を写真で撮る仕事を請け負っている。
県内を延べ百カ所以上回ることになる。今年の春先にこの話があったときは、「ギャラをもらいながら県内をくまなくドライブできるなんて、なんて美味しい話だ」と思ったのだけど、回っても回ってもゴールが見えてこず、しまいには、息切れというか、正味、ちょっと飽きてきてしまったようなところがある。あまつさえ、もうそろそろ終わりだろうと思っているところに、「あと、ここもお願いします」と、追加の取材リストを渡される。なんか、無限地獄だ。
そうして、ぼちぼち雪の季節だ。
僕の住んでいる秋田市辺りでは、少し降ってもすぐに解けてしまうけれども、山のほうに行くともう完全に冬景色になっていたりする。
高地にある二三の湧水地は、年内の取材はもう無理と断念してしまったが、まだ行けるところはぎりぎりまで粘らなければならない。

某日も、二カ所の取材を予定していて、一カ所目の取材を無事に終えて二カ所目に回りかけていた時点で、やや日は傾きかけていた。下手をすると現地に着く頃には暗くなっているかもしれない。急がねば。
地図と資料を見ると、現地はかなりの山の中で、4WDなら“クルマで行けなくもない”という微妙な言い回し。僕のFFで行けるかどうか。そして、もし現地が雪だったら、せっかく近くまで来ていながら目的の場所にはたどり着けずじまいになってしまうかもしれない。
はたして、最後の2kmが大変だった。運転に自信のない人や、クルマを傷つけたり汚したりするのを嫌う人だったら、その場で引き返すだろう。「とてもクルマで行けるところじゃない」と。
がしかし、僕は、こういう場面では年甲斐もなく“無茶しい”なのである。せっかくここまで来ていながらみすみす諦めてしまうなんて、癪に障る。
僕のクルマは、車幅ギリギリの細い荒れた林道を登っていく。ブッシュをかき分け、車体の底を地面にこすりながら。
そして途中からはいよいよ地面に雪だ。幸いにも、少し前にも登ってきたクルマがあったみたいで轍が出来ている。その轍伝いであればあまりスリップもせずまだ登っていけるみたいだ。
そしていよいよ限界点に。目的地まではまだ数百メートル残っているようだったが、タイヤがスリップしてしまってこれ以上はどうにもこうにも前進できない。西のほうを見ると、太陽が今にも山の端に沈みかけている。
どうする? もう諦めるしかないのか? せっかく苦労してここまで来ていながら…
いや、もう、ダメで元々。行けるところまで行ってみよう。クルマをそこにおいて、徒歩で林道の先に分け入っていく。ずぶずぶと足許を20センチほどの雪にくぐらせながら。
幸いなことに、そこから目的地まではそれほど遠くなかった。弱々しいながらもまだ空に明るさは残っている。諦めないでよかった。

下りはもう軽やかなものである。写真を撮ってしまえばこっちのものだ。
改めて地図を読み返すと、来た道とは別に里に下りる近道があるようだ。帰りはそちらの道を降りていくことにする。
そうして、つづら折りの山道の一つの右カーブを曲がると、急に視界が開け、遠くにシルエットの鳥海山、その手前の平地に横手の街のぽちぽちとまたたく灯り。
うわあ、荘厳なほどの美しい景色!

僕は、とても不思議に感じていた。
今回のような仕事の用事でもない限り、この道は一生通らないかもしれない。仮に何かの気まぐれで通ることになったとしても、こんな時間帯に走るということはありえないだろう。こんな時間帯にこんな山道を通るなんて、意味がなさ過ぎるもの。そして、この日は、この季節には奇跡的なくらいの雲一つない快晴の一日だった。
そういう偶然のどれか一つが欠けただけでも、今僕の目の前に広がっている光景を眺めることは叶わなかった。

僕は、特に信仰を持っているわけではないけれども、こういうときには身近に“神の意志”といったものを感じてしまう。
今日一日のこと、今目の前に広がっているこの美しい光景、そこに居る自分…、これはすべて神に仕組まれたことだったのではないかと。
最後まで諦めなかったことへのご褒美なのか、あるいは、最初からこの光景を見せたくて、神が回りくどく僕をここまで誘導してきたのか…。

何か、目に見えない力が働いたのでないか、と思わせられるようなことに、しばしば出くわすのである。

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  1. 2005/12/03(土) 14:46:41|
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