津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

乳房

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 その日僕は、思い立って海辺の道をドライブしていた。
 一番の狙いは、自分が連載しているエッセイに添える写真を撮ることであったが、日帰りコースとはいえ、よほど用がないと滅多に足を向けることのない土地だったので、独りののんきなドライブを楽しみつつ、その土地のあちこちに立ち寄って、半分はオフのような一日を過ごそうと思った。
 青いインクを流したような水の色をしている森の中の池や、文学館や寺社を、つれづれに巡る。

 この土地の一角に面白い温泉がある。
 海岸段丘の上を走る道路から横道にそれて波打ち際まで降りていくと、風の強い日なら波しぶきを浴びそうな場所に一軒宿があり、さらにその波打ち際のぎりぎりに露天風呂があるのだ。
 何年か前までは、地元の人しか使わないような木造の安普請の温泉宿だったが、温泉ブームと、特異なロケーションの露天風呂が人気を集め、それでおそらく相当に儲かったのだろうが、かなり立派な温泉リゾートホテル風の新館ができた。
 僕のように、昔の侘びしいたたずまいの方が好きだった、という人も少なくないかもしれない。
 露天風呂もこの間様変わりした。かつては、波打ち際に目隠しも何もなくただ丸い湯だまりがあって混浴で、訪れる人もそれほど多くはなく、よほどの物好きが“ついで”に入っていって話の種にするくらいのものであった。混浴とはいっても女の人が入っていることはめったになかった。
 それがなにしろ人気が出過ぎてしまったのだから、宿としてもそのままにしておくわけにはいかなくなった。
 混浴の湯だまりの隣に女性専用露天風呂をつくり、目隠しにぐるりを壁で囲んだ。
 女の人も男の目を気にせず安心して野趣豊かな露天風呂を楽しめるようになったのだが、なまじ昔を知っている者からすれば、なんだか少し味気ないような気もしてくる。
 とはいえ、久しぶりだし僕もひと風呂浴びていくかと、クルマにいつも積んでいるタオルをひっつかんでフロントに入浴料を払いに向かった。
 内湯・露天風呂セットの入浴料600円。今の時代の相場からしたら特段高いわけではないが、600円という金額を見て、僕は躊躇してしまった。
 ここの露天風呂に憧れてはるばる遠くからやって来たわけじゃない。以前にも何度か入ったことがある。昔を懐かしんで、近くまで来た“ついで”に入ってみようかと思っただけなのだ。その程度の思いに600円を出費する値打ちがあるかどうか。
 結局、露天風呂には入らないことにした。きっと、“入った甲斐があった!”ということにはならないだろうと予想できたから。

 駐車場から少し先の方にある露天風呂をしばらくぼんやりと眺めただけで、次の立ち寄り予定先に向かった。
 駐車場から露天風呂を遠望していると、女性用露天風呂のコンクリートの囲みの上に更によしずの目隠しがあり、中の女性たちの様子は見えないようになっているのだが、たまたま逆光状態だったせいか、そのよしず越しに立ち歩く女性のシルエットがうっすらと垣間見える。
 距離も距離なので、あくまでも「うっすら」であり、若い女性か老女か、どんな顔立ちかということまでは判然としない。わずかに、その人が横を向いたときに乳房のふくらみが認知できる程度であった。
 昔だったら、僕もその「大発見」にかなり驚喜したかもしれないが、今回は不思議にほとんど何も感懐がわかなかった。
 内心、「天恵なのだからもう少し喜んでもいいんじゃないか」とか「もう少し見ていたっていいんじゃないか」とか思ったりもしたのだけど、妙に醒めている自分だった。
もっとも、僕は他の温泉で実際に混浴を体験したこともあるが、事前に想像して少し心ときめかせるのに反して、いざその場になってみると、かなり淡々とした気分になるものだ。(本来、混浴とはそういうものなのだと思うが)

 男は、オンナの裸を見るということに、得をしたような気分でもあり、でも実利は何もないようでもあり、いったい、何に一喜一憂してしまうのだろうか。
 見えたの見えないのなんてことはどうだっていい。すぐ横で体温と肌触りを感じていられる関係が、やはり一番の至福だ。

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  1. 2005/08/26(金) 01:22:26|
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述懐

 僕は、好んで本を読む方ではないのだけれども、仕事上の必要があってしばしば図書館に本を借りにいくことがある。
 その本に僕の知りたいことが書いてあるかどうかが肝心であって、面白いかどうかは二の次なのである。ただ、もともと興味がわいて調べ始めたことなので、なかなか面白く読み進めることが多い。しまいには、「調べもの」という用向きを忘れて没頭して読みふけってみたりする。
 今、ある小説家の未亡人が生前の夫について述懐した本を、読んでいる。奔放な生き方をしたその小説家は、しばしば家族の風景も題材にしていたが、そこに描かれているのは、あくまでも小説家の目、夫の目に見えている風景であって、その同じときのことを妻の立場から回想させると、微妙に空気が違うのだ。こういうあたりがすこぶる面白い。
 私小説家が描いたテーマを、改めてそこに登場する人物に語らせて楽しむというのは反則技かもしれないが、しかしそうやって違う角度から光を当てて同じものを見るというのは、なかなか面白いものである。
 仮に僕が自伝を書き残して死んだあと、妻が彼女の目線で僕と過ごした時間を述懐したら、やはり微妙にニュアンスの違うものになるだろう。
 妻の目には、何がどのように映っていたのか、知りたいようでもあり、知りたくないようでもある。
aqua.jpg

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  1. 2005/08/20(土) 01:28:45|
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触発

写真で食っている。
正確には、写真と文章で食っている。
いつの頃からか、写真と文章がセットになった仕事の受注が多くなった。
クライアントにすれば、カメラマンとライターの分の仕事が一人分のギャラで済むのだから、これほど助かることもないだろう。
女友だちが、僕に触発されたとかで、写真を始めた。
最初の頃は、正直なところ、どうにもこうにも、誉めようも慰めようもないような写真ばかり撮っていた。
ところが、少しずつ少しずつ彼女は、“彼女なりの答えを見つけた”ような写真を撮り始めるようになった。
今の彼女の写真は、僕が教えた写真ではない。
もはや、彼女は自分が何にレンズを向けるべきなのか、完全に悟った。
その潔さに、僕は嫉妬すら覚える。
人に頼まれなければ写真を撮らない僕が、誰に頼まれずとも己の情念で写真を撮らずにはいられない彼女に嫉妬している。
負うた子に教わる…ということか、
彼女が始めた写真のブログに今度は僕が触発されて、時々ここで、虫干しのように、自分が撮った写真を並べていこうと思う。
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  1. 2005/08/19(金) 00:21:39|
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