津島修三ブログ

カメラマン兼ライター津島修三のブログ

時空の旅

1977-2.jpg


タイムスリップシリーズ第2弾。
昔撮ったフィルムをスキャンして再生するというのが面白くなって、またまたやっちまいました。
今回はこれくらいにしておきますが、今後も時々遊ばせてください。

これも1977年の撮影。
ほんの31年前だけど、なんだかまるで、昭和初期かあるいはそれ以前の写真みたい。
右奥の小屋の入口にある洗濯機(二槽式!)が、かろうじて時代考証の手がかりになるか。
場所は秋田県乳頭温泉郷黒湯温泉。
ここは、ボクが温泉趣味にハマった“温泉原体験”の場所です。
今でも年に1、2回は足を運んでいます。
この写真から見ると、さすがに現在の建物はその後の建て替えだったのだなあと気づかされるのだけど、それでも黒湯温泉は今でもこの写真のイメージに近い、古き良き湯治場風情をよく残しています。
この温泉には、二食付きの旅館部と自炊の湯治部があり、ボクが泊まる時はいつも自炊湯治です。もう、究極のスローライフ。都会で何かに追われるような日々を過ごしている人が一度ここでの自炊湯治を体験したら、しびれちまうかも。
実際、昨今の湯治場は、近郷近在の農家の人たちが骨休めに使うよりも、都会暮らしの人たちがつかのま現実を忘れて夢見心地で過ごすために利用するということが多いのです。

♪ゆかたのキミは ススキのかんざし…
黒湯に泊まる時は、ボクはいつも吉田拓郎の『旅の宿』を口ずさんでしまいます。
あの歌のイメージにぴったりなんです。
ちょいと、“恋の逃避行”など気取って、ワケアリの女性と泊まってみたい衝動に駆られます。

ただし、湯治場の客室の壁は薄くて声が筒抜けなので、アハン♪などという声が出るような行為は慎まなければなりません。


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  1. 2008/05/17(土) 00:28:59|
  2. ネガフィルム
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タイムスリップ

1977-1.jpg


自分の写真生活がデジタルに移行してからは、20年以上撮り続けていたフィルム写真とは、なかば訣別したような状態になっていた。
昔撮ったモノクロネガフィルムやポジフィルムが仕事部屋の片隅に無造作に積んである。
仕事の合間の息抜きに、久しぶりにモノクロフィルムのスリーブを明かりにかざしてみた。
そして、ほとんど“いたずら気分”で、これをちょっと写真にしてみてみようかなと思った。
ボクは写真のデータをあまりていねいに記録しないほうなのだけど、このフルムの袋には'77撮影と書いてあった。31年前の夏の写真だ。
構図とか、自分の写真のスタイルも決まらず、ただただ旅と写真が好きで、むやみに貧乏旅をしてはむやみにシャッターを切っていた時代の写真だ。
この写真は、北海道のどこで撮った写真かは分からない。前後のコマに「万字炭山」という駅名板が写っていたのがあったから、そのあたりの路線のどこかの駅だろう。
かつての北海道には各地に炭鉱があって、それらの炭鉱と港を結ぶために網の目のように鉄道が走っていた。
それらの大半が今は廃線になり、今同じ場所に行ってもこのような景色はないはず。

それでも写真というのは不思議なもので、結婚前だった31年前の北海道一人旅のこの写真を眺めながら、つかのま、少しだけ気持ちを和まされたのだった。


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  1. 2008/05/16(金) 10:50:48|
  2. ネガフィルム
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オスのマグロ

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相も変わらず下ネタ系のお話で恐縮だけれども、今夜はマグロについての考察。
いざ勝負!という夜に、ベッドでただドデ〜ンと横たわっているだけの女性のことを、スラングで“マグロ”と言います。
「この前合コンから持ち帰った彼女、マグロでさあ、がっかりよ」などという言い方をします。
なぜ女性はマグロになるのか。
これには大きく分けて二通りのことが考えられるかもしれません。
一つは、その女性が非常にシャイで、何をどうしたらいいのか分からず、ただただ身をかたくしているというパターン。
そしてもう一つは、女性にもそれなりの性経験はあるものの、性についてあまりいいイメージを持っていなかったり、ただ相手に身を委ねるだけの平板な経験しか積んでこなかったパターン。

女性のほうがあまりにアグレッシブだと、かえってオトコは腰が引けてしまうけれども、やはり女性もここぞとばかりに生のエネルギーを存分に発散して、身も心もはじけるひとときであってほしい。
また、性とは本来そういうものなのではないか。
ウブな女性がマグロなのはしょうがないとしても、オトナになった女性がマグロのままなのは、男の責任かもしれない。そういうスタイルに、男が刷り込ませてしまったのだろうから。

ずっと以前にもこのブログで書いたことがあたっと思うけど、銀婚式もとうに過ぎた女性とネットを通して知り合った時、彼女は、「セックスが女にとっても気持ちのいいものだということを、最近まで知らなかった」と、メールに書いてよこしたのだった。驚愕!
彼女によれば、夫とのセックスはずっとあったし、求められれば応じることにはやぶさかではなかった、ただ、セックスは、男が気持ちよくなるために女がつきあうものだと思っていたし、実際、今まで気持ちいいと思ったことは一度もなかった、そのことを疑問にも思わなかった。ただ、最近になって週刊誌なんかを読んでいると、セックスが女にも気持ちのいいものであるらしいということが分かってきて、そうしてみると、今までの自分のセックスはなんだったのか…と。
もしも違うパートナーだったら、少なくともその面では、まったく違う充実感を味わえた日々であったかもしれないわけだから、彼女が「今までの自分の二十数年の女としての人生は何だったのか」と煩悶するのも、当然のことと思えたことだった。

今、ボクには、自由な生き方をしている女性のメル友がいて、彼女とのメールのやり取りを楽しんでいる。
「先日会った男性は、“オスのマグロ”でした」などと書いてよこす。
「ありゃ、それは難儀なことでしたね」と返信する。
そうかあ、マグロにはオスもいたのかあ。なんだかあまりイメージ出来ないけど。

人間、はじけるときにはちゃんとはじけて発散しないと、人生全体のバランスを崩しかねないです。
マグロになるな。マグロにさせるな。
ピチピチと活きのいい若鮎のように。

ひょんなことから津島とそんな場面で対峙することになっても、「あれ?それ、ドジョウ?」などと言ってはいけない。


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  1. 2008/05/14(水) 00:43:16|
  2. OLYMPUS E-300
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ゴマカシカメラ

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見通しのよすぎる一本道も困りものだ。
やっと遠くに姿を見せた君が、ボクの目の前に来るまではまだ数十秒もかかるというのに、そのあいだボクはどこを見ていればいいというのだろう。
数十秒もずっと君から視線をそらさないでいられるほど、ボクの神経はタフではない。
とは言っても、ずっと気づかないフリをしているのもしらじらしい。
ああ、カメラを持ってきていてよかった。
カメラは、照れ隠しのフェイクだ。

まだ遠くにいる君をちらと一瞥したあと、ボクはまたファインダーを覗いている。(内心、少しドキドキしながら)
やがて君は、ボクのすぐ横まで来る。
そのことにさっきからずっと気づいていたようにしながら、ちょっとだけカメラから顔を離して、「ごめん、この桜を撮ってしまいたいんだ。悪いけど、ちょっと待ってな」。

ファインダーを覗きながら、もちろん何カットかはシャッターを切るのだけど、その間、少しずつボクは呼吸を整えている。


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  1. 2008/05/12(月) 00:01:46|
  2. OLYMPUS E-300
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卒業旅行

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笑っちゃいけないのかもしれないけど、思わずクスッと笑ってしまいました。
今日のネットニュースの中にあった一コマ。
都内の年配の中学校教師が、受け持ちの中三の女子生徒の卒業にあたり、この子と二人で那須のホテルに“卒業旅行”を敢行したというのです。
アラン・ドロンが主演する一昔前のフランス映画のような話です。
女子生徒だって、いやなら突っぱねることもできたのに、あえて付いていったのだから、教師に対して多少はほのかな思いがあったのかもしれないし、消極的であったにしろ“合意”があったものと思われます。
(念のために言っておきますけど、ここではあくまで仮定でお話しします。仮定の前提が崩れたら話は全然違うものになります)
教師はその後も1年ほどにわたり女子生徒に関係を迫ったことから、さすがに女子生徒も嫌気がさしたか怖くなったかして、警察に訴え出るところとなった(ようです)。ただし、ニュース記事では、強い被害感情をもって訴え出ることを主導したのが女子生徒本人なのか、その親なのか、詳しいところまでは分かりません。

これもあくまでも想像なのだけど、もし本当に一度きりの“卒業旅行としての思い出づくり”であったとしたら、女子生徒としても、甘酸っぱいかほろ苦いかは分からないけど、それなりの青春の一コマになって、心に傷を負うようなことにはならなかったかもしれません。
そうすればよかったんだ、先生も。
ところがね、男に限らず女に限らず、一度甘美なものを経験してしまうと、クセになってしまうというか常習性がついてしまうというか、ついつい、もう一度もう一度…となってしまう。
気持ちの優しい人(この場合は女子生徒)だと、求められてもなかなか拒めないから、それを男は拡大解釈して、「彼女だってまんざらではないはず」…と、思い上がってしまう。
いつの間にか生じていた(あるいは、最初からあったのかもしれない)“温度差”を、読み取れなくなってしまっていたんだね。
“温度差”というのは、このようなケースに限らず、普通の恋愛関係であれ、すでに長く一緒に暮らしている夫婦であれ、普遍的にあるものだと思います。つまるところ、その“温度差”というものを埋める努力や補う努力が出来ることを、“愛”と言うのかもしれません。
ひとたび掌中におさめたものを“既得権”ととらえ、そのあとになすべき努力を怠っていると、ついには法律で裁かれる立場になってしまうか、それでなくても、信望を失ってしまうだけです。

これもあくまでも想像なのだけど、この“事件”の教師も、本来はそれほど“たちの悪い男”ではなかったのかもしれません。
自分の教え子に妖艶な女子生徒を持ってしまい、その子にも慕われる間柄になってしまった…、その展開の末に起こることは、法律では“淫行”として裁かれることではあるかもしれないけど、一つの“恋愛行動”には変わりないと思うのです。

教師は、那須のホテルでは、女子生徒に自分と同じ名字を名乗らせ、親子を装って宿泊したそうです。ということは、ラブホテルではなく、ちゃんとしたリゾートホテルか温泉ホテルだったのでしょう。
立派です。素敵です。相手に対する思いやりを感じます。津島などだったら、安直にラブホテルに行きそうですし…。

恋は、熱く激しく燃えるのもいいけど、スマートに、粛々と進めることが肝要です。
世間が祝福してくれる恋であっても、人目を忍ぶような恋であっても。
教師と教え子の恋…、スマートに実を結んだケースはいくらでもあるような気がしますが、皆さんの周りではどうですか?


テーマ:写真にコトバをのせて - ジャンル:写真

  1. 2008/05/11(日) 00:47:15|
  2. OLYMPUS E-300
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